つながる絆

 反射的に江田大樹(男子2番)は、木の影に隠れた。誰もかれもは信用できないこの状況下。とにかく相手を見極めることが重要だ。

 

――誰だろう…。やる気の人間じゃないといいけど…

 

 慎重に木の影から顔を出し、その人影の様子を窺う。学生服なら男子。セーラー服なら女子。当たり前の事実を頭の中で再確認し、その人物の正体を見極めようとした。無意識のうちに、右肩にかけられたショットガンのストラップに手をかける。

 

 男子だった場合、萩岡宗信(男子15番)藤村賢二(男子16番)なら声をかける。文島歩(男子17番)なら様子を見る。窪永勇二(男子7番)ならここから離れることを考える。もし、神山彬(男子5番)なら――場合によっては攻撃することも視野に入れておかなくてはいけない。

 女子なら、おそらく全員大丈夫だろう。宗信の想い人である古山晴海(女子5番)はもちろん、香山ゆかり(女子3番)間宮佳穂(女子14番)も、普段の態度から考えて、多分、全員――乗っていない。

 

「…んだけど…」

 

 大樹の耳に、かすかな声が届く。けれどあまりに小さいせいか、声で主を判別することはできない。

 

「…かな」
「いや、もう少し…。この辺に……ないし…」

 

 今度は会話が耳に入る。つまり、相手は複数だろうか。となると、やる気である可能性はグッと低くなる。

 

「…くん、大丈夫?少し…ほうが…」
「…夫。とりあえず、…辺を散策…」

 

 名前までは聞こえなかったが、おそらく相手は二人。しかも片方は男だ。もう一人は、声色からして女の子だろうか。そして双方の声には、かすかに息切れが混じっている。もしかして、ここまで走ってきたのだろうか。二人して?一体何のために?

 

「江田くんと横山くん…どこに…だろう…」

 

 いきなり自分の名前が出たことで、心臓が一回ドクンと音を立てる。相手は自分を探している?しかも、自分が横山広志(男子19番)と一緒にいたことを知っている?つまりは――

 

――やる気じゃないのか…?

 

 思い切ってその人物の前に姿を現そうか。そんな考えが頭の中に浮かぶ。相手は自分を探してくれている。しかもどうやら、自分のことを心配してくれているようなのだ。

 でも、先ほどの出来事――広志が自分を庇って撃たれるシーンが脳裏に蘇ってしまい、つい二の足を踏んでしまう。

 

――誰か分かれば…。誰か分かれば対応策が取れるのに…!

 

 早く行動しないと、相手がここから離れてしまう。それが分かっていながらも、一歩も動けないでいる。やる気でない可能性が高いと分かっていながら、万が一の可能性を考えてしまう自分。ここから脱出して、国を変えるという決意を秘めながらも、こうして木の影に隠れていることしかできないでいた。

 

 己の無力さを嘆いていた、その時だった。今度ははっきりと、相手の言葉が耳に届いたのは。

 

「古山さん。見えたのってどの辺?」

 

 その言葉が聞こえた途端、大樹は目を見開いた。今の言葉と声の感じで、相手の正体がはっきりと脳裏に浮かんだのだ。

 

 今の会話の内容からして、一人は古山晴海。そして声を発したもう一人は、大樹の聞き間違いでなければおそらく――

 

 その次の瞬間、一人の人物が現れた。向こうはこちらに気づいていないようだが、大樹のところからその人物の全身が見える。学生服を着ており、背は――大樹よりも低い。となると、もう一人しかいない。比較的背が低いほうに入る大樹よりも背が低い人物は、今生きている人間の中では、たった一人しかいない。

 

「萩岡…?」

 

 思わず木の影から、そう声をかける。すると、その人物――萩岡宗信は、すぐにこちらに視線を向けてきた。

 

「もしかして…江田…?そこにいるのか?」

 

 その声に誘われるかのように、ゆっくりと木の影から姿を現す。焦る心を抑え、覚束ない足取りで、無理のないように立ち上がる。大丈夫であることを示すかのように、ぎこちない笑顔を張り付けながら。

 

「江田くん…?」

 

 すぐに晴海の姿も確認できた。見たところ、二人とも大した怪我はしていないようだ。

 

――よかった…。二人とも、無事で…

 

「江田!無事だったんだな!よかった!!本当によかったよ!!」

 

 ホッとしたのもつかの間、大樹の姿を確認した途端、宗信がこちらに向かって突進(実際本人はそんなつもりはないのだろうが、大樹から見れば十分突進に値する速さだった)してきたのだ。そしてそのまま大樹に抱きつくような形になる。あまりの勢いに、完全に押し倒されるかと思った。(怪我をしている左腕に負担をかけないようにするのが精一杯なくらい)

 

「よかった…本当に…生きてて…」
「…萩岡?」

 

 大樹の胸に顔をうずくめるような形のまま、宗信は動かない。もしかして――泣いているのだろうか。

 

「よかった…。ずっと探してたんだよ…。俺…浩介にも…貞治にも会えなくて…」
「…え?」

 

 宗信の言葉に耳を疑った。てっきり、二人は会えたのかと思っていた。会えたからこそ、大樹と広志が一緒にいることを知っていたのではないのか。では、宗信は一体どうやってこのことを知ったのだろうか。

 

「白凪くんからはね…楓が聞いたの。私が楓から聞いて…萩岡くんに伝えたから…。だから…私も萩岡くんも…白凪くんから直接聞いたわけじゃ…」

 

 そんな大樹の疑問に答えるかのように、晴海がはっきりと言葉を口にする。はっきりと口にしながらも、やはりどこか悲痛な面持ちは隠せていなかった。大樹と宗信から少し離れたところで、涙を見せないと必死に唇を噛んでいる。

 

――あぁ…そうなのか…

 

 つまり、白凪浩介(男子10番)からは矢島楓(女子17番)が聞いて、楓からは晴海が聞いて、そして晴海から宗信に伝わった。まるでリレーのバトンを渡すかのように、人から人へと。

 

――会えたんだな…

 

 会えたのだ。浩介は楓に、楓は晴海に、そして宗信は晴海に――会えたのだ。浩介は宗信や晴海には会えなかったけれど、楓には会えたのだ。楓は宗信に会えなかったけれど、晴海には会えたのだ。今、大樹の目の前に二人がいることが、その何よりの証拠だった。それは、とてつもなく大きな出来事であるかのように思えた。少なくとも、大樹にとっては。

 

――よかった。よかったよ。

 

 今だに顔を上げようとしない宗信を見ながら(大の男が情けないなとも思ったが、それは黙っていることにした)、大樹は心の中で安堵した。

 

――きっと、みんな喜んでいる。乙原も、武田も、鶴崎も、野間も、もちろん白凪だって喜んでいるよ。お前は、ずっと変わらずにいたんだな。変わらずに古山さん探して、守っていたんだよな。それはきっと、ここではすごいことだよな。

 

 それを見届けられてよかった。生きて、二人が再会しているところを見られてよかった。それだけで、自身の表情が綻ぶのが分かった。

 

『お前は、俺の、希望なんだ。』

 

 大樹にとって、それはきっと――大きな“希望”だったから。

 

「江田…あの…横山…は?一緒にいるって…聞いたけど…」

 

 ようやく顔を上げた宗信の一言で、自身の表情が一気に強張るのが分かる。そう、浩介から伝わっているのなら、大樹は広志と一緒にいることになっているのだ。まだ放送で名前は呼ばれていないのに、ここに広志はいなくて、大樹は今一人。

 言わなくていけない。なぜ広志がここにいないのか。辛いけれど、起こったことを伝えなくてはいけない。そう思い、大樹は口を開こうとした。

 

 その瞬間、再び視界の端に一人の人物が映りこんだ。すぐに、その方向へと視線を向ける。

 

 大樹達から五メートルほど先に、一人の人物が立っていた。大樹とさほど変わらない背丈の一人の男子。

 

 大樹と広志に攻撃し、大樹の左腕を負傷させた張本人。今はいつになく息を切らしている――神山彬が。

 

[残り7人]

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