――やっと…やっと見つけた。
柄にもなく息を切らしながら、神山彬(男子5番)は目の前にいる三人――江田大樹(男子2番)、萩岡宗信(男子15番)、そして古山晴海(女子5番)の姿を見て、心の底から安堵した。ただ、その安堵感が広がりきる前に、大樹が宗信を後ろに押しやり、肩にかけていたショットガンの銃口をこちらに向けていたのだけれども(それも、片手で無理矢理にだ)。
――まぁ…当然の反応だろうな。しかし、こんなにもすぐに銃を向けるとは思わなかった。少なくとも、横山の死が江田にかなりの影響を及ぼしたことは間違いない。けれど、ここで殺されるのはちょっと嫌だな…
大樹に撃たれないように、両手を頭の横まで上げるいわば降参のポーズをし、攻撃する意志はないことを示す。一応、右手のベレッタは持ったままではあるが。
「そんなに怖い顔するなよ、江田。少なくとも、今は攻撃するつもりはない。話があるんだ。そのショットガン、下ろしてくれないか?」
完全に頭に血が上っている輩なら、この説得は無意味だ。けれど、おそらく大樹はそこまで馬鹿じゃない。先ほど会ったときと何かが違う――そんな風に察してくれるなら、すぐに攻撃したりはしないだろう。
その思いが通じたのか、大樹はその険しい表情こそ崩さなかったが、スッと銃口を下ろした。その代わりというべきだろうか、宗信と晴海を庇うような形で身体を移動させていた。
「江田…?なんで神山に銃…?」
大樹の一連の行動が信じられないのか、宗信が疑問を口にしていた。無理もない。先ほど会ったときには何もしていないのだから、宗信の中では、彬はやる気じゃない人間として認識されていたのかもしれない。なら、大樹がなぜ彬に銃口を向けたのか分からないだろう。疑心暗鬼が生じているこのプログラムの中、下手をすれば誤解を招きそうな状況だ。
――まぁ、一応誤解は解いておくか。
「だって…神山やる気じゃ…」
「江田。」
宗信の言葉を遮るような形で、彬は宗信ではなく――大樹に向かって言葉を発した。
「左腕の調子はどうだ?俺に撃たれたのが、利き腕じゃない方でよかったな。」
彬の言葉に宗信だけでなく、晴海も目を見開いていた。少なくとも今の発言は、やる気であることを公言するようなもの。二人の反応は当然であった。
そんなことを知っていた大樹だけは、顔色一つ変えることはなかった。それどころか、堂々とこう言い放ったのだ。
「神山、お前の目的はなんだ。誰を…優勝させるつもりだ。」
大樹の発言に、今度は彬が目を見開く番だった。どうやらあの後、横山広志(男子19番)と何か話をしたらしい。元々広志の頭の回転の速いところや、抜群の観察眼には注意していたものの、まさかここまでとは思っていなかった。あの時、何かヒントを与えたつもりはまったくなかったが、彬の一連の行動からそう推察したのだろう。
そして、おそらく大樹も広志と同じ考えを持っている。それは広志に言われただけでなく、大樹の中で何か確信めいたものがあるのだろう。それほどまでに、今の言葉には“断言”に近い響きがあった。
――目的は果たせそうだし、どうせここで話さなくていけないから…まぁいいか。
「その答えが知りたいなら、黙って俺の話を聞くんだな。丁度、その人物もここにいることだし。」
そう告げると、大樹が小さく「え?」と呟く。そう、今の言葉の内容から、その人物が宗信か晴海であることは明白だ。それは大樹にとって予想外だったのか、目を白黒させながら、それから何も言葉を発することなく、ただ彬のことを見つめている。
いつ誰に襲われるか分からないこの状況。マシンガンを持っているであろう窪永勇二(男子7番)のこともある。いきなり本題から入ることにした。
「久しぶりだね、古山さん。ずっと、探していたんだ。君に、伝えなくちゃいけないことがあって。」
彬にそう告げられた晴海は、目を見開きながら「わ、私?」と口にする。その表情は完全なる驚愕に彩られており、言うべき言葉が見つからないせいか、それ以上は何も言えないでいるようだった。それはもちろん宗信や大樹にも言えることで、傍目からもはっきり分かるくらい動揺しており、必死で状況を把握しようと努めているのが分かる。
そう、宗信や大樹はおろか、晴海本人ですら知らないのだ。彬と晴海の間に、意外なつながりがあることを。二人をつなげる、一人の人物がいることを。だからこそ全てを知っている彬が、今ここで伝えなくては。
けれど、先に本田慧(女子13番)との約束を果たすことにした。
「でも…先に本田さんに頼まれてたことから果たそうかな。本当なら矢島さんにも言わなくちゃいけなかったんだけど、それはもうできないから、古山さんに全部話すよ。君なら、本田さんも納得してくれるだろうからね。」
あまりに意外な人物の名前が出たせいか、思わず笑ってしまいそうなほどに、三人とも完全に呆けたような表情をしていた。もちろん今はそんな場合ではないので、表向きはポーカーフェイスを保ちながら続きを口にした。
「矢島さんには、ずっと謝りたかったそうだ。いじめてごめんなさいって。許されるとは思っていないけれど、きちんと謝りたかったって。」
慧が言った内容を、そのまま晴海に告げる。そう、あくまで彬は伝達するだけの役割。そこに、個人的な解釈を加えてはいけない。本来ならば慧は、自分の口から伝えたかったのだから。
そう、彬個人の解釈――プライドの高い彼女が、そのまま都合良く別れるつもりではなかったであろうこと、せめてもの謝罪に、探していた矢島楓(女子17番)に殺されるつもりであった可能性が考えられること。それは――決して伝えてはいけない。
「それから古山さん。君にはずっとお礼を言いたかったそうだ。矢島さんと友達になってくれてありがとうって。君はそんなつもりではなかっただろうけど、そのとき本田さんはどこかホッとしていたと、そう言っていたよ。」
そう言いきったところで、彬は言葉を切った。言いきると共に、一度だけ大きく息を吐く。これで言うべきことは全て伝えたはず。心なしか、肩の荷が下りたような気もしていた。
これで、慧に頼まれたことの半分は果たせたはずだ。楓に伝えれられなかったことに関しては、後にあの世で慧に会うことがあれば土下座したいくらい心の底から申し訳なく思ったが、晴海には伝えることが出来た。それだけでも、慧を助けたことは無駄にはならなかったはずだ。
晴海は、最後まで黙って彬の言葉を聞いていた。言い終わって少ししてから、静かにこう告げたのだ。
「分かった。」
たった一言。それだけであるけれど、それで十分だった。きっと晴海は、慧の言葉も、そこに秘められた思いも、きちんと受け止めてくれたに違いない。そう確信させてくれるほどに、今の言葉には強い意志を感じ取れた。
――姉さんの言ってた通りだな。見かけによらず、しっかりしている。プログラムで色々あったに違いないけれど、それでも芯の強さは変わっていない。だからこそ、古山さんには、生き残ってもらわなくちゃいけないんだ。
フーっと深く息を吐く。ここからは、彬自身が晴海に伝えなくてはいけないこと。彬が晴海をずっと探していた理由、一番の本題、そして一つの真実を伝えることになる。
「さて、ここからが俺の用事。まずは一つ、確認したいことがあるんだ。」
そこで一度言葉を切る。心なしか、少し緊張しているようだ。でも、絶対に伝えなくてはいけない。伝えないままでは、晴海が生き残っても、彬の目的は果たされないのだから。
銃を持っていない左手の拳を握りしめ、意を決して言葉を口にした。
「東堂あかねという人物を、知っているね?」
そう口にした瞬間から、晴海の表情に変化が現れる。先ほどよりも大きく目を見開き、呼吸は乱れている。大きな瞳には、うっすらと涙を浮かべており、そこに映る彬の姿は少しだけ歪んでいる。今の言葉で、明らかに動揺している様子が見てとれた。
間違いない。晴海は、“姉さん”こと東堂あかねが言っていた、“晴海ちゃん”その人なのだ。
「お姉ちゃん…」
次に晴海が消え入るような声で口にした言葉は、風に溶けることなく彬の耳に届いていた。
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