今明かされる真実

 

――お姉ちゃん…?

 

 神山彬(男子5番)の言葉にそう答えた古山晴海(女子5番)を見ながら、萩岡宗信(男子15番)は驚きを隠せなかった。確か晴海に姉はいなかったはずだし、何より苗字が違う。その“東堂あかね”という人物と晴海は、一体どんな関係だというのだろうか。そこに、彬はどう関わってくるのだろうか。

 思わず、目の前にいる江田大樹(男子2番)を凝視する。大樹も同じことを思っているのか、何も言えずにいるようだった。宗信や晴海を庇うような立ち位置から、一歩も動こうとはしていない。

 

「相変わらず分かりやすいな、萩岡。訳が分からないという顔をしているぞ。…まぁ、お前も江田も知らないだろうからな。彼女のことは。」

 

 そんな宗信の心中を察したかのように、彬が声をかけてくる。その間にも、彬と大樹の距離は少しずつ縮まっていた。

 

「東堂あかねという人は、俺らの二つ上の先輩で、今は高校二年生。かつて古山さんの近所に住んでいて、古山さんの姉のような存在と言ったら分かりやすいか。といっても中学は違うから、お前らが知らなくても無理はない。二年ほど前から、福岡ではない別のところに住んでいる。古山さんも、二年くらい前から会っていないだろう?」

 

 宗信の隣にいる晴海は、彬の言葉を肯定するかのように、一度だけコクンと頷いた。

 

「神山くんは…?お姉ちゃんとどういう関係なの?」

 

 思い出したかのように彬に問いかける晴海を見て、思わず「え?」と呟く。彬は晴海のことを知っていたが、晴海は彬のことを知らなかったのだ。これは、どういうことなのだろう。

 

「俺は、東堂あかねの…実の従姉弟だ。」

 

 彬のその言葉は、宗信や大樹だけでなく、晴海すら目を見開くほど意外なものだった。

 

――従姉弟…?つまり…親戚ということか…?でも、そこに古山さんがどう関わってくるんだ…?それが、大樹の言ってた神山の目的に…どう関わってくる…?

 

 いくつもの疑問が浮かんでは、頭の中に積もっていく。改めて思い知ってしまう。自分はあまりにも知らなさすぎるのだと。

 

 彬のことも、そして――晴海のことも。

 

「ねぇ…お姉ちゃんは…今どうしているの…?」

 

 消え入りそうなほどか細い声で、晴海は彬に問いかける。けれど、自分はその言葉の真意を、おそらく半分も理解できていない。

 

「多分、古山さんが最後に会ったときよりは元気だよ。…姉さん、ずっと後悔してた。古山さんは一生懸命励ましてくれたのに、自分はそれに応えられなかったって。」

 

 その言葉に、晴海は大きく首を振る。それは、宗信が晴海に“守る”と告げたときに、“そんなことしなくていい”と返したときのものと同じくらい、必死なものだった。

 

「だから…古山さんには、生きてここから出て、会ってほしいんだ。あかね姉さんに。」

 

――会ってほしい?生きてここから出てほしい?それじゃ…神山の目的っていうのは…

 

「お前…まさか…」

 

 今度は誰よりも、宗信が思ったことを口にするほうが早かった。

 

「優勝させたい人物というのは…古山さんのことなのか…?古山さんのことを優勝させるために…他のみんなは全員…殺すつもりなのか…?」

 

 自分で言いながらも、背筋がゾクリとするのを感じる。いつかは宗信や大樹のことを殺すつもりだったというのもそうだが、彬は最初から死ぬつもりだということが分かってしまったからだ。宗信自身も、優勝するつもりなど微塵もなかったが、かといってここまで明確に死ぬつもりもなかった。いや、簡単には死んではいけないと思っていた。

 

 “死”に対する覚悟はできていない。――彬とは違って。

 

「…お前の言う通りだよ。俺は、これが始まったときから、古山さんを優勝させるつもりだった。そのために他のクラスメイト、もちろんお前にもゆくゆくは死んでもらうつもりだったんだ。でも、俺が一人でクラスメイトで殺していっても、全員殺す前に古山さんが誰かの手で殺されてしまうかもしれない。だから、お前みたいにやる気じゃない人間には極力手をかけなかった。前会ったときに何もしなかったのは、ただそれだけのことなんだよ。」

 

 けど、と小さく呟いた後、彬は視線を、宗信から大樹へと移していた。

 

「江田。お前みたいに、やる気でなくても脱出を考えている奴は厄介なんだよ。脱出なんてものをされたら、仮に古山さんが優勝できたとしても、何らかの危害が及ぶ可能性は十分にあり得る。それじゃ、俺の目的は果たされない。だからお前と横山には、あの場で死んでもらうつもりだったんだ。」

 

 彬の言葉は、大樹にとっては予想できたものだったらしく、背中を見る限りでは動揺は見られなかった。何も言わずに、ただじっとその場から動かない。そのため、大樹がどんな表情をしているのか、宗信には分からなかった。

 混乱しそうになる頭の中を整理する。分からなくなったら最初から組み立てて、自分なりに解釈していく。次第に飲み込めていく今の状況。これは以前、白凪浩介(男子10番)に言われたことであった。よくテストでも慌ててしまう宗信に対する、とても的確なアドバイス。

 

『分かっていることを、順序立てて整理するんだ。そこからつなげて考えていけばいい。分からなくなかったら、思い切ってもう一度最初から考え直す。下手にそのまま進めるよりも、その方が理解するのが早いんだよ。』

 

 彬が最初に宗信に何もしてこなかったのは、宗信がやる気でないと分かっていたから。だから下手に攻撃するよりも、生かしておいた方が晴海のためになると思い、そのまま宗信を生かすことを選んだ。けれど、大樹に関してはやる気でなかったにも関わらず攻撃した。それは大樹が脱出を考えていて、それが果たせてしまえば優勝した晴海にも危害が及ぶと考えたから。しかし、そのとき何か起こったのだろう、仕留めるまでにはいかなかった。左腕の怪我とやらは、おそらくそのときにできたものなのだろう。

 状況が飲み込めると、頭の中がスッキリするのが分かる。亡き友人のアドバイスは、今この場で確実に活かされているようだ。宗信は、心の中で秘かに浩介に感謝した。

 

 けれど、どうしても分からないことがある。彬がそこまでして晴海を優勝させたい理由だ。その“東堂あかね”という人物に会わせたいというのが大きな理由ではあるのだろう。それにしても、何がそこまで彬を駆り立てるのだろうか。

 

 宗信がそれを聞こうとする前に、大樹が口を開くほうが早かった。

 

「どうして…そこまでして古山さんを優勝させたいんだ。その東堂あかねさんに会わなくてはいけない、会うべき理由でもあるっていうのか?神山、お前の命を捨ててもいいと思えるほどの理由でも…あるっていうのか?」

 

 自分の命を捨ててまでも、晴海を優勝させた理由。宗信のように、晴海自身に好意を持っているとかなら分かる気がする。けれど、おそらくそれは違う。どちらかというと、“東堂あかね”という人物のためといったほうがいいのかもしれない。その“東堂あかね”に関わりのある人物がたまたま晴海だった。優勝させたい人物が晴海である事に関しては、ただそれだけのことなのだろう。

 

「…そうだよな。言わなくちゃいけないよな。どうして、俺が古山さんを優勝させたいのか。どうして、姉さんに会わせたいのか。でないと、お前らも納得できないだろう?」

 

 一度大きく息を吐いてから、彬はそう静かに告げる。けれどその言葉には、どこか別の感情が含まれているかのように思えた。確固たる決意とは別の、複雑な感情。それはどこか憂いを帯びたもので、寂しさを含ませたようなもの。

 チラッと、隣にいる晴海を見る。唇を噛みしめ、両手を胸の前でのギュッと握りしめており、傍目から見てもひどく動揺しているのが分かった。

 

 おそらく、これから彬の話すことを――晴海だけは分かっている。

 

「二年前。福岡で行われたプログラムのこと、覚えているか?」

 

 予想だにしないところから話が始まってしまい、一瞬頭が真っ白になった。しかし、すぐに記憶を辿る。二年前――自分らが中学一年生のときの話だ。まだ浩介のことも、晴海のことも知らない頃。

 大体福岡は、二年に一回選ばれるというサイクルになっている。つまり福岡においては、自分たちの前に行われたプログラムということになる。

 

「福岡で初めて私立の中学、それも特進クラスが選ばれた。それで一時期話題になったけど、それも長くは続かなかった。けど、ニュースで見たことがあるはずだ。名前こそ出てないが、映像は何度も流れている。その時の優勝者の映像が。」

 

 そこまで言われて、宗信はようやく思い出した。そう、あれは部活から帰ってきて、夕飯を食べていたときのこと。たまたまテレビを見ていた時に、いきなりニュースに切り替わっていた。そのとき映し出されていた女性アナウンサーは、淡々とした声でこう読み上げていたのだ。

 

『突然ですが、ここで臨時ニュースです。先ほど、福岡市内において選ばれていた今年度のプログラムが終了したとの情報が入りました。これによりますと、今年度のプログラム対象クラスは私立青奉中学三年一組。なんと、この学校の特進クラスだったそうです。今回の優勝者は女の子でした。優勝者が決まるまでの所要日数は…』

 

 そのまま淡々と読み上げるアナウンサーの声を聞き流しながら、宗信はテレビ画面を食い入るように見ていた。もっと正確にいえば、目を逸らすことができなかった。アナウンサーの場面から切り替わった映像――おそらく優勝者である女の子の映像が、あまりに衝撃的だったから。

 

 一言で言えば、“無”表情だった。優勝したという喜びも、クラスメイトが死んでしまったという悲しみも、こんなものを実施する政府に対する怒りも――その表情からは何も見えなかったのだ。感情を失くした人形のように、大勢の兵士に連れていかれるだけの女の子が、そこには映っていた。まるで糸の切れたマリオネット、壊れてしまったロボット、そう――これはよくできていますけど、実は精巧なロボットなんですよと言われたほうが、まだ納得できるくらいに。

 その表情さえ除けば、至って普通の女の子だった。制服は所々赤く汚れてはいるが、見る限りでは大きな怪我をしているようには見えない。ショートカットで、比較的顔立ちの整った女の子。きっと、それなりに人気のありそうなタイプの子。

 だからこそ、余計に印象に残ってしまっている。記憶を辿れば、今でもはっきり思い出せてしまうほど。

 

 これから彬の言うこと。それが、何となく分かってしまった。二年前、プログラム、感情の失くした女の子の優勝者。

 そう、その女の子こそが――

 

「私立青奉中学、三年一組で行われたプログラム。東堂あかねは、その時の優勝者なんだよ。」

 

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