絶対に譲らない

 

『ありがとう…。私、神山くんに会えてよかったよ…。お姉ちゃんも、絶対そう思ってるから。』

 

 神山彬(男子5番)は、窪永勇二(男子7番)に向けて引き金を引き続けながらも、古山晴海(女子5番)が最後に言ってくれた一言を思い出していた。ビデオテープを再生するかのように、頭の中で何度も何度も繰り返して。

 

――まさか…お礼を言われるとも思わなかったな…

 

 生まれてこの方、両親からまともにお礼の言葉を言われたこともなければ、まともな愛情すら注がれたことのない。そんな彬にとって、生まれて初めてかけられたともいえる、優しくて労わるような言葉。それは嬉しいような、でもほんの少しだけむず痒いような気持ちにさせてくれ、彬の心にほんの少しだけの明かりを灯してくれた。

 

――いや、姉さんにも言われたことあるか…

 

 “姉さん”こと、東堂あかね。彬の従姉弟であり、彬に色んなことを教えてくれた人。割と近いところに住んでいたせいか、そこそこ家を行き来するような間柄だった。多忙な両親に代わって、まだ幼い彬の面倒を見てくれたり、たまに外に連れだしてくれたりしてくれていた。彬が中学生になってからは、さほどの交流はなかったが、それでも彬にとって“姉さん”は、何者にも代えがたい大切な存在だった。

 そして、“姉さん”がプログラムから帰ってきて、別の県に転校した後も、彬は暇を見つけては彼女の元を訪ねていた。いつか訪ねたとき、いつものように少しばかり会話をし、そのまま彬が帰ろうとしたところで、ふいに彼女がこう言ったのだ。

 

『ありがとう…。いつも私のこと、気にかけてくれて。…ゴメンね。こんな私のために、彬くんにたくさん迷惑をかけて。』

 

 悲しそうにそう話す“姉さん”を見て、『いや、俺が好きで来ているんだから、姉さんは何も気にしなくていいよ。』と返事をしたのを覚えている。

 実際、彬の家は比較的裕福であり、同級生に比べたら金銭的余裕はある方だ(それも、父がどこかの会社の重役であったため、そこそこの金をもらっていたからである。まぁそのおかげか知らないが、あまりに家にいたことはないのだけれど)。だから経済的にも、距離的にも、迷惑だなんて思ったことはない。自分が来ることで少しでも“姉さん”が元気になってくれるなら、これからもずっと続けていくつもりだった。そしていつかは、本気で晴海のことも連れてくるつもりだった。

 

 でも、今になって思う。もしかしたらあの言葉には、別の意味が含まれていたのかもしれない。自分が優勝者として帰ってきたせいで、彬が周りから何か言われていないか。いじめられたりしていないか。そんなことを考えたのかもしれない。もっと言えば、『ゴメンなさい。みんなを犠牲にして、私一人だけ生きて帰ってきてしまってゴメンなさい。“死んだ”ほうが、迷惑かけなくて済んだのかもしれないね。』――そう、言いたかったのかもしれない。

 

 そんなことを考えていたら、引き金がいきなりガチッと止まっていた。見ると、ベレッタがスライドオープンしている。弾が切れたのだ。

 

 勇二がその隙を逃さず、マシンガンの引き金を引く。パラララという銃声が聞こえる前には木の影に隠れていたため、彬に弾が当たることはなかったが、自然と息が荒くなるのを感じる。その時、背中の傷がズキンと痛んだ。

 

――おそらく…そう永くはもたないかもしれない…

 

 最初の襲撃の際に受けた傷。おそらく、すぐに処置しないと助からないほどのものではない。けれど、時間が経てばその分、命を脅かす怪我には違いないのだ。

 

「よぉ神山。お前、置いていかれたのか?可哀想な奴だなぁ。」

 

 決して自分が負けることはないという余裕からなのか、いたく上機嫌で勇二が声をかけてくる。当然ながらその声色に、“可哀想”だなんて気持ちは微塵も込められていない。

 

――俺に言えた立場じゃないが…お前、性格は最悪だな。霧崎がお前を嫌う気持ちだけはよく分かるよ。

 

 急いでベレッタから空のマガジンを取り出し、予備のものと交換する。スライドを引いて、すぐに勇二に向けて引き金を引いた。

 

――とにかく、さっさとカタをつけないと。

 

 焦る気持ちを押さえつけ、引き金を引き続ける。けれど、勇二にさほどのダメージを与えることなく、再びベレッタが弾切れを起こした。すぐにパラララという音が聞こえるが、それは彬を傷つけることはなかった。

 大きく息を吐いた後、もう一回マガジンを変えようとふと下を見ると、銃が一つ置いてあるのに気がついた。さっき逃げる際に、萩岡宗信(男子15番)が置いたものだろう。すぐにその銃――ブローニングを手に取る。使い方は、説明書を見るまでもなく分かっていた。

 

――へぇ、中々粋なものを置いていってくれるじゃないか。

 

 すぐにブローニングに持ち替え、引き金を引く。ブローニングが弾切れを起こしたら、S&Wに持ち替えて、また引き金を引く。いいかげん手が痺れていたが、それにもかまわずに引き金を引き続けた。とにかく、三人が逃げ切れるように、マシンガンの餌食にならないように、できるだけ時間を稼ぐことが大事だった。

 

 そして、ついにS&Wの弾も切れる。すぐにベレッタのマガジンを変え、急いで右に移動する。勇二の注意をこちらに向けるためと、少しでも距離を縮めるためだ。

 

 すぐにパラララという音が聞こえる。その弾丸は先ほどよりも多く彬の身体を貫き、血を噴出させていた。容赦ない痛みに足が止まりそうになるが、何とか近くの木の影に滑り込んでいた。

 

――くそっ!一体いくつマガジンがある!そろそろ弾切れになってもおかしくないのに!

 

 思わず唇を噛みしめるが、そのまますぐにベレッタの引き金を引く。慎重に三発撃ったところで、再び右手の方角へ移動していた。これが切れてしまえば、もう予備の銃も、予備のマガジンもない。

 すぐにまたパラララという音が聞こえる。今度はあまり弾は当たらなかったが、皮肉なことに一発だけ、彬の右の大腿部を貫通していた。叫びそうになるのを堪え、また木の影に滑り込む。

 

――あいつ…!獲物を狩るつもりで楽しんでいやがる…!

 

 まるで狩りを楽しむハンターであるかのように、この状況を楽しんでいるのが手に取るように分かる。さすがクラス一の自己中男というべきか、クラスメイトを殺すことに何の躊躇いもないようだ。

 それに、装備も怪我の具合からいっても、あちらの方が優勢。まさに絶体絶命の状態だ。けれど――

 

――上等だ。

 

 状況は最悪であるのに、なぜか彬の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

――お前のような奴なら、俺も遠慮なく非情になれる。ある意味、感謝してやるよ。

 

 すぐにベレッタの引き金を引く。今度は撃ち尽くす覚悟で引き金を引き続け、そのまま勇二へ向かって走っていった。

 

――頼む!!弾切れであってくれ!!

 

 少なくとも、今までで六個のマガジンが空になっている計算になる。そして、マガジンに弾を込める時間などなかったはず。これ以上持っていたらアウトだが、何となく――もうマガジンは残っていないような気がしていた。

 ついにベレッタの弾が切れる。すると、勇二が木の影から出てきていた。しかし、その手にはマシンガンではなく、一つの銃が握りしめられていた。危険を感じ、そのまま足を止める。

 すぐにその正体が分かった。それはかつて、横山広志(男子19番)が持っていたコルトパイソンであると。

 

――ったく。江田を逃がす元気があるんなら、ついでに銃も渡しとけよな。

 

 勇二との距離は、十メートルくらい。当たるか当たらないかは、五分五分といったところか。しかし今の状況では、下手に動くことはできない。

 

「残念だったな。俺が持っていたのは、マシンガンだけじゃなかったんだよ。ここでお前は、ジ・エンドだ。あぁ心配しなくても、あの三人も俺がちゃんと後で殺してやるよ。」

 

 勇二は余裕たっぷりといった笑みを浮かべ、右手の銃の引き金に、ゆっくりと指をかけていく。狙っているのは頭だろうか。このままじっとしていれば、勇二に撃ち殺されるのは明白だ。

 けれど、彬はまだ諦めたわけではなかった。

 

――俺の推測が間違っていなければ、まだチャンスはある。窪永、それがどんな銃か知らないだろ。片手で構えるなんてバカだな。

 

 勇二が引き金を引くのを、そのままの状態でじっと待つ。勇二を殺す策として、一つだけ方法はある。しかし、今の状態では仕留められないおそれがある。勇二がコルトパイソンを撃った後の隙を狙うしかない。だから、今は下手に動かないほうがいい。その銃撃で、彬が死ななければの話だが。

 

 何より、どんな結末になったとしても、あんな奴に屈するなんて、彬のプライドが許さなかった。

 

『それは、死ぬことよりも屈辱的なことなの。』

 

 それは以前会い、結果的には彬が殺したことになる本田慧(女子13番)の言葉。不良と呼ばれていながら、ずっと後悔や懺悔の感情を抱えていた女の子。自分が嫌いでありながら、決して譲れないプライドを持っていた女の子。ずっと――どこか気になっていた人。

 

――今なら…何となく分かる…。本田さん。自分の命よりも大切なのは、他人の存在だけじゃないんだな。自分の中にもある。どんなに自分が嫌いでも、最期くらいは自分の気持ちを大事にしてもいいよな。そのくらいの権利、俺にもあるよな?

 

 どこか遠くで、“当たり前じゃない”という声が聞こえたような気がしていた。それは空耳かもしれないし、慧が本当に天国から答えてくれたのかもしれなかった。

 

 しかし、その思考も長くは続かなかった。すぐに、目の前の勇二が引き金を引いていたからだ。

 

 パンッという単発の銃声が、彬の耳にうるさいくらいに響いていた。

 

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