導いてくれる人

 

『本当は、最初から迷っていたんじゃないのか?』

 

 その言葉は、少なからず自分の本心を突いていたような気がする。

 

 もっと言えば、プログラムが始まったときから、ずっと心に引っかかっていたことがある。それは、古山晴海(女子5番)を優勝させる――即ち、他のクラスメイトには死んでもらう。そう考えたときに、浮かんでくる一人のクラスメイトがいる。

 その人物は、クラスの中だけでいえば、一番自分に近い人物。結果的には、プログラムでは一度も会うことがなかった人物。放送でその名が呼ばれたとき、少しだけ心が痛んだ理由は、今でも分からないまま。

 

『お前、本当はいい奴なのに。』

 

 自分は“あいつ”に会った時、殺すことができるのだろうか。

 そして本当に“あいつ”に会った時――自分は一体どうしていたのだろうか。と

 

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 うるさい銃声のおかげで、少しだけ違うところにいっていた思考が引き戻される。

 それと同時に、左耳に激痛がはしる。血が噴き出す感覚と、何かが切り離される感覚。左側が少しだけ軽くなったような錯覚。そしてうるさいくらいの耳鳴りと、今までとは比較にならないくらいの激痛が神山彬(男子5番)を襲った。

 

――左耳…取れたか…

 

 どうやら今の銃撃で、左耳を切り離されてしまったようだ。出血量も半端ではないし、何より聴覚が馬鹿みたいに麻痺しつつある。致命傷ではないだろうが、ひどい怪我には変わりない。しかし、それにも関わらず――彬はニヤリと笑っていた。

 

 事態は、彬の思った通りに転がったのだ。

 

「ぎゃあぁぁぁぁーーー!!」

 

 コルトパイソンの引き金を引いた窪永勇二(男子7番)の耳触りな叫び声が聞こえる。見ると、勇二は右手を押さえ、まるで沸騰したやかんに触れたときにするかのように、必死で息を吹きかけている。撃った際に落としたのか、コルトパイソンは勇二の足元に転がっていた。

 

『横山のはコルトパイソンか。知っているか?その銃には欠点があるんだよ。』

 

 コルトパイソン――その銃そのものは、実は欠陥品でも何でもない。むしろ初期生産のものは、その綺麗な外観から“コルトロイヤルブルーフィニッシュ”という異名を持つくらい人気で、マニアの間では高値で取引されているほどの代物なのだ。けれど、外観では高い評価を得ているこの銃には、内部機構では設計の古さから様々な欠点が存在すると言われている。そのうちの一つとして、弾丸の発射時に漏れる発射ガスの量が多く、射手が火傷を負う可能性が極めて高いことなのである(といっても、ここまでとは思っていなかった。その諸説も、本当かどうか分からないままであったので)。

 

 この準鎖国政策を取っている大東亜共和国。当然、高値で取引されている初期のパイソンなど手に入るはずがない。仮に手に入ったとしても、その価値が分からない中学生のプログラムなどには使用しないと踏んでいた。なら、横山広志(男子19番)に支給されたコルトパイソンは、少なくとも質の落ちた粗悪なものであるだろうと推測していた。その推測は、見事に当たっていたのだ。

 

 勇二が銃を取り落とした隙を逃さずに走りだす。撃たれた傷がズキズキ痛むし、正直なところ、走るほどの体力が残っているかどうかすら怪しかったが、それにもかまわず足を動かし続けた。

 

――頼む!もう少しだけ持ってくれ!!

 

 いきなり形勢逆転したせいか、勇二は今だに状況をよく飲み込めず、彬のタックルをもろにくらっていた。そのまま二人とも地面に倒れこむ。勇二の身体に、彬が馬乗りするような形になっていた。

 

「残念だったな。その銃は欠陥品なんだよ。恨むんなら、その銃を持っていた横山を恨むんだな。」

 

 彬の言っていることが理解できないのか、勇二は目をキョロキョロとさせていた。しかし、すぐに彬から逃れようと必死で抵抗する。

 

「てめぇ!!離しやがれ、この…」
「うるさいな。」

 

 ポケットに入れていた折りたたみナイフを素早く取り出し、そのまま勇二の両手に突き刺した。うるさい悲鳴にかまわず、地面に縫い付けるかのように深く突き刺す。勇二が絶対逃げられないように。

 

「死ぬときくらい、大人しくしてたらどうだ?どんなに喚いても、誰も助けになんかこないんだから。」

 

 感情のこもらない、ひどく冷たい声でそう告げる。断末魔に近い悲鳴を聞いても、心が痛むこともない。勇二の両手から流れる血を見ても、可哀想だなとか、申し訳ないなとか、思うことは決してない。

 ほら、やはり自分は“いい奴”なんかじゃない。痛みに喚く勇二を見て、心のどこかでは楽しんでいるのだから。

 

「そう嫌がるなよ。悪くないと思うぜ。そう…」

 

 勇二に見せつけるかのように、ゆっくりとポケットに手を入れ、“あるもの”を取り出した。

 

 藤村賢二(男子16番)から奪った――手榴弾を。

 

「男との心中も。」

 

 彬の狙いが分かったのか、勇二は先ほどよりも必死で抵抗する。そんな勇二にかまわず、彬は口でピンを外し、そのまま勇二の口に押し込んでいた。

 

「むぐっ…」
「何、大したことじゃない。何秒後にはそれが爆発して、お前の頭が粉々に吹っ飛んで――それで、全部終わりだ。」

 

 そう、そして――同時に自分も死ぬ。この世に肉体を残さず、誰かも分からないくらい、跡形もないほど粉々になって。

 

――これでいい。

 

 手榴弾が爆発するまで約五秒間。その時間、彬は自分の人生を振り返っていた。

 多忙な両親から愛されなかった幼少期。いつも家に一人でいて、家柄のせいか友達もできなかった。いつしかそれにも慣れ、一人でいることが楽になり、周囲と関わりすら持たなくなった、そんなときだった。無理矢理行かされた親戚の集まりで、“姉さん”に出会ったのは。

 

『神山彬くん…だよね?従姉弟なのに、会うのは初めてだね。』

 

 一人でいた自分にかまわず話しかけてきた彼女。最初は冷たくあしらっていたのに、それにもめげずに彼女はひたすら話しかけてきた。

 従姉弟という関係の希薄性について毒を吐けば、『まぁ、彬くんの言うことも一理あるよね。うん、参考になりました。』なんてあっさり言ったり、年齢を聞かれ正直に十二歳を答えれば、『小六かぁ〜。若いなぁ〜。』なんて妙に達観したような発言をしたり、何だか不思議な感じの人だった。その中で知った、彼女自身のこと、友達のこと、そして妹みたいな存在の人のこと。

 

『晴海ちゃんって言うの。ホント可愛いんだから―!彬くんにも会わせてあげたいなぁ。』

 

 知らず知らずのうちに、彼女に心を開いている自分がいた。そして彼女がそこまで言う“晴海ちゃん”に興味が湧いた。だから両親の意向を完全に無視して、私立の中学を受験せずに公立に進学した。学校生活そのものは、小学校のときとさほど変わらず、一人でいることが多かった。彼女の言う“晴海ちゃん”のことはすぐに分かったが、あまりに希薄なつながりだった故に、さほど関わることもなかった。そして、これは必然だったのか、少しずつ“姉さん”と会う機会も減っていった。

 そして彬が中学一年生になった冬、“姉さん”はプログラムに選ばれてしまった。きっと帰ってこないだろうと絶望していたら、優勝者として彼女は帰ってきた。ただし、本来の明るさを完全に失った状態で。帰ってきた彼女に元気になってほしくて、出来るだけ彼女のところに通って――でも何もできなくて。ならせめて、妹にだけには会わせたいと思った。その想いは、プログラムにおいて一層強くなった。だから、自分の命を捨ててでも、晴海を優勝させようと決めていた。

 

 後悔はしていないし、結果としては上々かもしれない。晴海は生きていて、言いたいことは伝えられた。きっと、宗信と大樹は、晴海を守ってくれるだろう。自分らが死ねば、残りは多くて五人。文島歩(男子17番)のことが気にはなるが、二人が晴海を守ってくれるだろう。きっと、優勝させてくれるだろう。そのためには――彼らには死んでもらわなくていけないが。

 

『またまたぁ。萩岡や江田にも、本当は死んでほしくないって思っているくせに。』

 

 なぜか頭の中に、突然“あいつ”の声が聞こえた。いつもと変わらない、どこか飄々とした声。そういえば、広志が江田大樹(男子2番)にいると分かったとき、大樹を庇って反論してきたとき、なぜか少しイラついたのは、広志に見捨てられたような形になった“あいつ”のことを思い出したからだろうか。

 

――そんなことは…

 

『いいじゃん。もう無理しなくてさ。だって、ずっとしんどかったろ?』

 

――なんで…そんなこと分かんだよ。

 

『なんでって。そんなの分かるよ。本田さん撃つときもさ、辛そうだったじゃん。藤村殺せなかったのだって、そうじゃん。大体、お前本当はいい奴だって、俺知ってるし。』

 

――違う。俺は、いい奴なんかじゃない。だって、俺はお前の友達を…

 

『この際、細かいことはいいじゃん。もう終わったことだし。まぁ、こっちきたら一発殴らせてもらうけど。』

 

――なんだよ、それ。訳分かんねぇし。

 

『まぁ、男のけじめってやつ?だからさ、早くこっちこいよな。もう待ちくたびれたんですけどー。』

 

――知るかよ。お前が勝手に待ってたんじゃねぇか。でも…

 

 果たして、五秒はこんなにも長かっただろうか。そして、今聞こえるこの声は、幻聴なのだろうか。でも、今の彬にとって、最期の時間が長いとか短いとか、幻聴かそうでないかなど、そんなことはどうでもよかった。どちらにしても、自分はもうすぐ死ぬのだから。

 

「言われなくても、もうすぐそっちにいってやるよ。」 

 

 その証拠に、視界はどんどんぼやけていく。目の前の勇二の顔すら、霞みがかっていてまともに見えない。あれだけ撃たれているのに、もうどこも痛くない。あぁ、もうすぐ死ぬんだなって自覚しながら、最期に彬はこう思った。

 

――まぁ、悪くなかったかな。俺の人生も。うるさいのが一人いたけど、それも含めて。

 

 彬がピンを抜いてから五秒後、手榴弾はきれいに爆発し、二人の身体をのみこんでいった。彬の身体も、勇二の身体も、一瞬にしてただの肉片へと変え、命を奪っていった。顔の判別すらできないほどに。

 

 ただ――もし二人の顔が残っていたとしたら、一人は苦痛に満ちた表情をしており、もう一人はどこか満足気な、穏やかな表情をしていたに違いない。

 

男子5番 神山 彬
男子7番 窪永勇二 死亡

[残り5人]

――終盤戦終了――

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