第六回目放送

 ここはエリアE-3。霞みがかった雲に覆われる空の下。一人の生徒が、自身の体格を覆ってしまうほどの大木に身を預けていた。その様子はとても落ち着いていて、かつ無表情であった。その表情からは、何の感情も読み取れない。例えて言うなら―仮面のような、そんな無機質な表情だった。

 クラスメイトの死に、何も感じていないわけではない。クラスメイトが死んでいること自体は、心を痛める出来事だ。しかし、しかるべき人間が死んでいるのだろうとも思っていた。だって、悪は滅ぶべきもので、正義は必ず勝つものなのだから。

 

――もうすぐ放送か。

 

 デイバックから、地図と名簿を取り出す。その名簿には、かなりの名前に線が引かれている。引かれていない名前は、全部で“十二人”。そう、前回の放送から既に三人死んでいることを知っていたのだ。

 

――さて、あれから人数は減ったのだろうか。彼は…まだ生きているのだろうか。

 

 そんなことを考えているときだった。耳をつんざくような音楽が聞こえてきたのは。今回で六回目となる、放送の開始を告げる音楽だった。

 

――ちっ、うるさいな。

 

 何度も聞いているが、やかましくて仕方がない。もっと静かな音楽にしてくれと心の底から思った。

 

「時間だ。六回目の放送を始める。人数も大分少なくなったからな、注意して聞くように。まずは死亡者の発表だ。」

 

 どうやら、この六時間で人数は大分減ったようだ。もしかしたら、もう一桁になっているのかもしれない。

 

「…今回は女子が多いので、女子から発表する。女子2番宇津井弥生、8番谷川絵梨、9番月波明日香…」

 

 言われた名前に線を引く。引いていても、悲しみの感情が湧くことはない。ただ死んだという事実を受け止めるだけ。その中には、既に死んでいることを知っている人間もいたのだが。

 

「17番矢島楓。そして男子は一人だけだ。10番白凪浩介。以上五名。残りは十人だ。」

 

 そこで少しだけ手が止まった。別に特別な感情があったわけではない。やはりなと思ったからだった。

 

「禁止エリアは一時からE-3、三時からC-4、五時からC-5だ。エリアも大分狭まってきたから、出会う確率も上がるだろう。くれぐれも用心深く行動するように。では、放送を終わる。」

 

 変わりばえのしない、淡々とした放送が終わる。もう一度禁止エリアを確認してから、名簿を見直してみた。そこに線を引かれた名前を見て、改めてこう思った。

 

――やはり悪をかばった人間には、しかるべき罰が下ったんだな。

 

 そんなことを思いながら、その生徒――文島歩(男子17番)は、ふぅと小さく息を吐いた。

 

 ほんの五時間前の出来事が蘇る。それはあまりに鮮明で、決して忘れることのできない出来事。人の頭が吹き飛び、真っ赤な血が視界を彩る。人形のように倒れ、二度と動かなくなる。ついさきほどまで生きていた人間が死ぬ瞬間。決して赦してはならない、人が人を殺す禁忌の瞬間。

 

 銃声に導かれた歩の目に飛び込んできたのは、白凪浩介(男子10番)月波明日香(女子9番)を殺害する瞬間だった。

 

 元来、歩は正義感の強い人間だ。アニメに見るヒーローが悪党を成敗する瞬間は何より気持ちがいいものだし、その関係で彼らに憧れているのも事実だ。その関係でアニメや特撮に詳しくなり、その関係で友人もできた。けれど、友人達がよく言う「かっこいい」とかそういう類いの気持ちではない。“正義”が“悪”を倒す瞬間。“悪”は、必ず淘汰されるという結末。歩が何より魅かれるのは、決して揺るがないその“事実”だった。

 

 だからこそ浩介が明日香を殺害した“事実”が、浩介は“悪”であるという“事実”が、歩にとっては何よりも赦せないことだった。自分は“正義”だから、“悪”は倒さなくてはいけない。あのとき浩介を“制裁”することに、何の躊躇いもなかった。

 

 歩の目的はあくまで“悪”を倒すことであり、優勝ではない。だからその場にいた矢島楓(女子17番)には、手をかけずに去ろうと思った。

 

 けれど、彼女は“悪”である浩介を擁護するような発言をした。挙句の果てには自分に銃を向けてきたのだ。正直なところ、それだけでも“制裁”を加えるべき対象となり得るのだが、デリンジャーは連続して二発しか撃てないという弱点がある。装備の点でこちらが不利だったので去ることにした。それに楓は人を殺していない。無理矢理“制裁”を加える必要もなかった。

 

 けれどその楓も、今の放送で名前が呼ばれた。やはり神は見ていたのだ。“悪”をかばうような人間は、この世にいてはならないと。

 

――けれど、まだ彼は生きている。

 

 今の放送で、残りは十人。その中で、歩が殺さなくてはいけない“悪”と認識する人物はまだ生きていた。たった一人の友人(より正確に言えばただ同じ部活であるだけなのだが)を、躊躇いもなくナイフで殺した人物。

 

――藤村くん。君のような悪は生かしておけない。津山くんの仇、取らせてもらうよ。そして今度は、それに加担した人物にも制裁を加える。そしたら、悪はこの世から消えてなくなるんだから。

 

 半日以上前。歩にとってはクラス内で最も親しい人物である津山洋介(男子12番)が、藤村賢二(男子16番)に心臓を一突きにされる現場を見ていたのだ。すぐに“制裁”を加えようとしたが、その場に居合わせた霧崎礼司(男子6番)が、賢二に話しかけたところで去ることにした。礼司が正義感の強い人間だということは重々承知している。礼司なら賢二のした行為を決して赦さないだろうし、必ず倒してくれるだろうと思った。

 

 しかしその彼の名前は、洋介と共に次の放送で呼ばれてしまった。礼司は“悪”に負けてしまった。彼の分の仇も取らなくてはならない。“正義”である自分が、“悪”である賢二を倒さなくてはいけない。

 

――大丈夫。僕は負けない。だって、正義が悪に負けるはずがないのだから。

 

 身を預けていた大木から離れ、よいしょっと立ち上がる。禁止エリアも多くなってきたので、地図を見ながら移動することにする。方位磁石で確認しながら、慎重に移動を開始した。自分のいるエリアは、あと一時間で禁止エリアになってしまう。あまりもたもたしているわけにはいかない。

 地図を見ながら、一つのことに気がついた。

 

――北の方のエリアも、大分禁止エリアに入った。そしたら、みんなD-4とかD-5に集まるだろう。そしたら、悪党も見つけやすい。

 

 一人の少年は、新たな決意を胸に秘めながら、ゆっくりと歩き出す。

 

 その行為そのものが、彼のいう“悪”となんら変わらないことには――決して気付くことのないまま。

 

[残り10人]

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