古山晴海(女子5番)と萩岡宗信(男子15番)がD-5の小屋から移動を開始したところで、栗井孝はようやくヘッドホンを外した。そして小さく溜息をつく。それはどこか安堵の気持ちが含まれていた。
古山はもう一度信頼できる人物に、萩岡はようやく一緒に行動できる人物に会えたようだ。そして盗聴の会話から察するに、古山は萩岡に対して特別な想いを抱いている。そして萩岡は教室での行動からして、古山のことを特別な存在として見ているのだろう。この二人はいわば両想い。しかし、互いに相手の気持ちは知らないようだ。その二人が再会できたことは、栗井にほんの少しばかりの希望を与えてくれた。
生きて両想いになるといい。矢島楓(女子17番)と白凪浩介(男子10番)のように死の直前ではなく、互いに生きているうちに。
視線を落とす。栗井の目の前には、先ほど死亡が確認された矢島の報告書が書きかけの状態で置いてある。矢島の死により、残りは十人。男子七人、女子三人。このままのペースで進めば、三日目を迎えることなくプログラムは終わるだろう。おそらくその結末は、誰か一人だけが生き残るか、もしくは全員死んでしまうか。
そうルール上、古山と萩岡が一緒に生き残ることはできない。どちらかが死ぬか、もしくは両方この世を去ってしまうか。
けれど、できればそうはさせたくない。なるべく多くの人間を生かしたい。
しかし、十人全員は無理だろう。誰もが“脱出”に賛同するとは限らない。元の生活に戻りたいのなら、“優勝”するほうがずっといい。そして、確実に賛同しない人間は数人存在する。
まずは神山彬(男子5番)。藤村賢二(男子16番)との会話の中で、『生きて元の生活に戻したい』と言っていた。その人物はおそらく古山であるだろうが、古山が優勝するためなら、おそらくいずれは全員殺すつもりだろう。“脱出”を快く思っていないことは、江田大樹(男子2番)と横山広志(男子19番)に攻撃を仕掛けたところからして明白だ。そしておそらく萩岡を見逃したのは、萩岡が古山に好意を寄せていて、会えば必ず守るだろうと推測したからだと思われる。そういう意味でも神山は、自身の命を投げ出してまでも古山を優勝させるつもりだ。
今だ誰も殺していないが、完全にプログラムに乗っている窪永勇二(男子7番)。発言内容からして、生き残るために仕方なくというよりは、殺し合いそのものを純粋に楽しんでいるような印象だ。過去にも勇二みたいなタイプはいたし、このクラスでいえば三浦美菜子(女子15番)や岡山裕介(男子3番)に近いタイプ。往々にしてこのタイプは、“生き残りたい”というよりも、“殺したい”という欲望の方が勝っている。今まさに合法的にそれができる状況なのだ。“脱出”をちらつかせても、そちらになびくことはないだろう。説得は難しいと思われる。
そして“正義”という概念のもとに白凪を殺した文島歩(男子17番)。おそらく彼も、“脱出”という提案に二つ返事で賛同しないだろう。文島にとっての“正義”の概念がどの程度のものなのかは計りかねるが(何せそんな正義感を持っていたことすら栗井には分からなかった)、おそらく“犯罪者”になる可能性のある“脱出”に関していい顔はしないだろうと推測される。そして文島に関していえば、白凪は殺したが矢島には手をかけないところといい、それ以来誰にも出会っていないところからして、今だ未知数な部分が多い。江田と横山に出会った場合、彼がどんな反応を示すか。それによるだろう。
この三人がどう動いていくかが重要だろう。そして反対に“脱出”しようとしている江田、横山。それに賛同している萩岡、古山。その辺りは分からない藤村。今のところ目立った行動がない香山ゆかり(女子3番)。宇津井弥生(女子2番)から逃げ出して以来、誰にも出会っていない間宮佳穂(女子14番)。誰がどう動いていくか。人数が少なくなった分、一人の行動が多大な影響を及ぼすだろうと推測される。
もう一度資料を見る。もうすぐ放送の時間だ。今回呼ばれるのは、白凪と矢島を含めて五人。禁止エリアの情報と照らし合わせて、再度資料を確認した。エリアも大分狭まってくる。人数もおそらく一桁になるのは時間の問題だろう。今だ何もできない自分が歯がゆく思った。
じっと資料を見ていると、一つ発見があった。それは大したことではなく、本当にどうでもいいこと。でも、まあ、とにかく―
ほんの少しだけ、悪あがきでもしてみようか。まったくといっていいほど、意味はないけど。
放送の為に、マイクの前に座る。そして電源のスイッチをONにした。
[残り10人]
―中盤戦終了―