探し当てた復讐者

 

『本当かどうか、そのうち分かるさ。』

 

――嘘じゃ、なかったのか。

 

 目の前の光景を目の当たりにしながら、霧崎礼司(男子6番)は、ほんの数時間前に神山彬(男子5番)に言われたことを思い出していた。

 

『藤村、乗ってるぞ。』

 

 礼司の目の前で、躊躇なく津山洋介(男子12番)を殺した藤村賢二(男子16番)。自身が認めたライバルが乗っているなんて、心のどこかでは信じたくなかった。けれどもう、彬の言葉を否定する材料は残っていない。

 でも、心のどこかでは分かっていた。彬は、あの時一切嘘をついていないと。その証拠に、彼が殺したといった本田慧(女子13番)は、確かにさっきの放送で名前が呼ばれていたのだから。

 

「霧崎…」

 

 賢二の声で、礼司の思考は中断される。いつもならうるさいくらい威勢のある奴なのに、その声はひどくか細くて小さいものだった。言い訳しようとでもしているのだろうか。礼司に見られて、バツの悪い思いでも抱いているのだろうか。

 けれど、賢二が二の句を継ぐ前に、礼司は銃を持ち上げた。

 

「何人、殺した?」

 

 言い訳など聞きたくない。礼司が知りたいのは、賢二が荒川良美(女子1番)を殺したかどうか。そのことだけだった。正当防衛で殺したとか、そんな理由などどうでもいい。

 

「今の津山が…初めてじゃないだろ?さっきの躊躇のなさからして…もう何人か殺しているんだろ?」

 

 人数だって、本当はどうでもいい。けれど、いきなり本題から入れないのは、心のどこかで、現実を受け入れきれていないから。心のどこかで、この言葉を否定してほしいから。

 

「…五人…。」

 

 そんな礼司の心境を知ってか知らずか、賢二は小さな声で答えを口にした。彬のように隠すわけでもなく、正直に答えていた。なんで礼司がこんなことを聞くか、そんな疑問を口にすることもなく、ただ事実を口にした。

 けれど、礼司の本当に聞きたいことは、人数などではない。

 

「誰を…殺した…?」

 

 今そこで死んでいる洋介を含めて、死んでいるのは多くて二十人。そのうちの五人を殺しているのなら、実に四分の一の人間が、賢二に殺されたことになる。良美がその中に含まれている可能性は、極めて高い。

 

「嘘は…つくなよ。何人か、お前が殺したんじゃないっていうのは知っているんだ。」

 

『お前が復讐を考えるくらい大事な人間を、わざと避けて答える。』

 

「嘘だとわかった時点で、撃つ。」

 

 口ではこう言ってはいるが、賢二が嘘をつくなんて有り得ないと思っている。賢二が嘘をつくのが大嫌いなのは、周知の事実だ。賢二が答えるなら、それは事実であり、嘘偽りのない真実。賢二の口なら良美の名前が出なかったら、それは賢二が仇ではないということ。

 沈黙が訪れる。賢二はすぐには答えない。誤魔化そうとしているのではなく、言うのも躊躇っているだけなのだと分かる。なぜこんなことを聞くのかという疑問すらも浮かんでいないのか、ただ唇を噛みしめながら黙りこんでいる。二人の間に、緊張感がはしる。

 

――お前、なのか?

 

 心臓の音が聞こえる。呼吸が乱れる。いつになく緊張しているのだ。賢二であってほしいという気持ちと、賢二であってほしくないという気持ちが入り乱れている。知りたい、けど知りたくない。肯定してほしい、否定してほしい。相反する二つの感情が、礼司の心に渦巻いている。

 しばしの沈黙の後、賢二は静かに口を開いた。

 

「悠と栄司。それから、荒川さん。それと米沢と、今の津山で…五人だ。」

 

 賢二が口にしたのは、またしても事実だった。礼司が一番聞きたい答えを、そのまま口にした。隠すわけでもなく、誤魔化すわけでもなく、ただ機械のように正確に答えていた。

 

――見つけた。

 

 荒川良美の名前が聞こえた途端、想い人の名前が聞こえた途端、全ての景色が、声が、礼司の世界から消えていった。ただ見えるのは、目の前にいるたった一人の人物。ずっと会いたかった、憎き仇。

 

――やっと、見つけた。

 

 ここにいた。こんなところにいた。皮肉なことに、矢島楓(女子17番)の推測にも、彬の願望にも、見事に当てはまる人物だった。

 

――お前、だったのか。

 

 賢二に向けている銃を握りしめている右手に力がこもる。溢れだす感情を押さえるように。唇を血が出るほどに噛みしめる。無意識のうちに吐き出しそうになる呪詛の言葉を止めるために。本気でキレた時に出る、歪んだ笑顔を隠すために。

 

『そんなんで、復讐できると思ってんのか?』

 

 彬にそう言われたときは、正直できないかもしれないと思っていた。甘いところがあるのなら、復讐の相手を見つけても、いざとなれば躊躇してしまうかもしれないと思っていた。賢二が乗っていると聞かされてからは、もし賢二が良美を殺したとしたならば、決意は揺らいでしまうのかもしれないと思っていた。

 

 どうやら、自分はそこまで甘い人間でも、優しい人間でもなかったらしい。

 

「…お前だったのか。」

 

 自分でも驚くくらい、声のトーンが変わる。言葉の端々に、怒りと憎悪の感情が滲み出ている。押さえても押さえても、流れ出す負の感情は止まらない。

 

 心のどこかでは信じていたのに。違うと信じていたのに。

 

「お前が、殺したのか。」

 

――俺の好きな人を。会いたかった人を。守りたかった人を。生きていて欲しかった人を。

 

「霧崎…?」

 

 礼司の言動が理解できないのか、賢二が訳が分からないといった表情を浮かべる。さっきまでなら何とも思わなかったその表情にすら、吐き気がする。その存在自体が、憎らしくてたまらない。殺したいほどに、目の前の仇が憎い。

 

「俺は、お前を許さない。」

 

 かつてのライバルだとか、そんなことは関係ない。目の前にいるのは、想い人を奪った敵。殺したいほど許せない、憎き仇。

 

「お前は、俺が殺す。」

 

 想い人を奪った罪は、その死をもって贖ってもらう。躊躇など無に等しい。情けなどかけない。犯した罪を、決して赦しはしない。たとえ、世界中が赦したとしても。

 

――彼女は帰ってこない。けど、お前を生かしておけない!

 

 人差し指に力をこめて引き金を引く。パンという乾いた音が、周囲の空気を激しく揺らした。

 

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