世界で一番殺したい奴

 霧崎礼司(男子6番)は続けて引き金を引いた。二回、三回。

 藤村賢二(男子16番)は、目を見開きながらも、素早く身を翻して移動していた。そのせいか、弾はまったく賢二に当たらなかった。

 

「霧崎、待ってくれ!俺には何が何だが…」
「うるさい!!黙れ!」

 

 何も言うな。何も話すな。言い訳なんか、聞きたくない。

 

「死ね!」

 

 立て続けに引き金を引く。するとすぐに引き金が引けなくなった。弾切れを起こしたのだ。

 

『怖いよ…』

 

 すぐにマガジンを替える。説明書は熟読していたので、労することもなく装填は完了する。

 

――お前が殺したんだ!

 

 出発前に響いた銃声。それが荒川良美(女子1番)の恐怖心を増大させた。無理もない。外に出れば、誰かに殺されるかもしれないという可能性を突きつけられたのだ。それに―

 

『怖いよ…』

 

 蘇る、わずか半日ほど前の記憶。兵士に大声で出発を促され、ろくに宣誓もできずに教室を出た良美の姿が、誰にも何も言えずに、ただ走ることしかできなかった少女の姿が、最期に見ることになってしまったあのか弱い姿が、礼司の脳裏にはっきりと映し出される。

 

――あんなに怖がっていたのに…。泣いていたのに…。

 

 走って教室を出る時、良美は泣いていた。わずかではあるが、確かに泣いていた。明るくて、いつも笑っていて、こちらが引きつけられるような笑顔を見せる女の子だったはずなのに。あんなに不安気な表情なんて見たことなかったのに。あんな涙など、良美には似合わないのに。

 

 本当は後を追いたかったのに、守ってやると言いたかったのに、そんなことすら叶わなかった。礼司の出発は、あと十人ほど先だったから。探していたのに、見つけられなかったから。目の前の男に、彼女は殺されてしまったのだから。

 

 ただ殺すだけでは気が済まない。その顔をぐちゃぐちゃにして、見るも絶えない状態にしても、まだ足りない。肉片の欠片も残らないくらいに、跡形もなく消えてしまえばいい。

 

 賢二も。そして自分自身も。

 

――消えろ!

 

 再び引き金を引く。けれど、弾は当たらない。怪我すら負わせられないこの状況に、賢二を殺せない自分に、次第に焦りを感じる。

 

――くそ!当たれよ!

 

 賢二が隠れていた木の陰から顔を出し、一発だけ撃った。それは礼司の頬を掠める。初めて感じる痛みに、一瞬だけ怯んだ。

 

「霧崎…。俺は…」
「黙れ!言い訳なんか聞きたくないんだ!」

 

 この状況で、まだ話し合いでもしようというのか。もう礼司には、賢二にかける言葉などないというのに。その姿をみるだけでも、吐き気がするというのに。一刻も早く、目の前から消えてしまえばいいと思っているのに。

 

 顔を出した賢二に向けて、数発引き金を引く。そのうちの一発が、賢二の右肩を掠めた。けれど、それだけだった。次第に当たるようにはなったものの、それでも殺すにはほど遠い。

 再び弾切れを起こしたので、マガジンを替える。そして思い出す。確か予備マガジンは二つ。これを撃ち尽くしてしまえば、もう撃つことはできない。

 

 撃てなくなったら、他にはヌンチャクしか持っていない礼司は、確実に負けてしまう。

 

――殺せないのかよ…。

 

 良美の仇を討ちたいのに。殺したくてたまらないのに。賢二はもう五人も殺しているのに。自分は、たった一人の相手すら殺せない。

 

――殺したいのに…。あんな奴…死んでしまえばいいのに…。

 

 先ほど姿を見せた木の陰から、微動だにしていない賢二。今撃っても当たらないことに気づき、傍にあった木の陰に隠れることにした。できれば、秘かに距離を詰めて殺せたらいい。賢二がそこから動かないのなら――

 

 そこで気付いた。賢二は、さっき一発だけ撃ってきた。そう、あれ以来、まったく攻撃してこないことに。

 

――なんでだよ…。なんで殺しにこないんだ…。

 

 銃を持っているなら撃てばいい。他にも武器を持っているなら、それを使えばいい。こちらは敵意をむき出しにしているのに、賢二は反撃すらしてこない。先ほどは、あんなに躊躇なくクラスメイトを殺したのに。もう五人も殺しているのに。良美のことは殺したのに。どうして、礼司を殺そうとしないのか。

 

――殺しにこいよ!荒川さんを殺したんだ!俺なんか躊躇なく殺せるだろ!

 

 そう、思ったときだった。

 何かが放物線を描いて、こちらに向かって飛んできたのは。

 

――あれは…?

 

 石なのか。それにしては、大きいような気がする。形はいびつで、先端の方は違う形をしている。それに何だかゴツゴツしているようだ。その側面は、まるでパイナップルのようにボコボコしている。何かで見たことあるような気がする。そう、あれは―

 

――ヤバい!

 

 “それ”の正体が分かった時、礼司はかつてないくらい全力疾走で、“それ”から距離をとろうとした。

 

――手榴弾だ!あんなものまであるのかよ!

 

 一瞬の静寂の後、ものすごい熱と爆風が礼司を襲う。まともに受け身がとれずに、身体が地面にたたきつけられる。少ししてから、爆発音が耳に届いた。その際、どうやら大分怪我をしてしまったようだが、それよりも賢二の姿が見えないことの方が問題だった。

 

――くそ!どこだ!

 

 痛む身体に苦心しながら、周囲を見渡す。自分の怪我の状態などどうでもいい。自分のことより、賢二を殺すことで頭がいっぱいだった。身体の内で燃えている復讐の炎は、深手を負いながらも決して衰えることなく、礼司の中で燃え続けていた。

 

 絶対に生きてここから帰さない。二度と平穏な日常なんて味あわせない。良美を殺した人間に、元の生活に戻る権利など与えない。

 

 ふと視界に見える人影。それを見つけた瞬間、礼司は何も考えずに引き金を引こうとした。この状況で、第三者が入ってくるとは思えない。だから、確実に賢二だと思った。

 

 けれど、礼司が引き金を引くよりも早く、その影は行動していた。

 

 パン、パンと単発の銃声が二発。それと同時に、礼司は腹にものすごい衝撃を感じた。その衝撃に耐えきれず、身体が一メートルほど後ろに飛ばされる。

 

――畜生!あっちの方が早かったのか!

 

 自由に動けない今の礼司は、賢二からしたら格好の的だった。腹にくらった弾は、完全な致命傷だ。

 痛む腹に力を入れても、立ち上がることすらままならない。呼吸することすら苦しい。ただでさえ視界が悪いのに、輪をかけて目の前の光景が上手く認識できない。心なしか、先ほどよりも音が遠くから聞こえる気がする。おそらく、そう永くは生きられない。

 

――でも、ただじゃ死なない!藤村!お前も道連れにしてやる!

 

 そう決意し、右手の銃に左手を添える。身体は動かせないので、地面に背中をつけている状態で、狙いを定める。賢二から見れば、今の礼司など簡単に撃ち殺せるだろう。

 

 もう、自分の命などどうでもいい。けれど、せめて賢二を殺さないと、死んでも死にきれない。良美の仇を討ちたい。目的だけは果たしたい。

 

――さぁ、止めを刺しに出て来い!そのとき、お前も殺してやる!

 

 その思いが通じたのか、影がかすかに動く。引き金にかかる指に緊張がはしる。いつでも撃てるように、全神経を集中させる。今度は先手を取られないように、影の一挙一動から目を離さない。

 

 影が動く。姿が見えるようになる。狙うのは、頭は胴体か。まだ狙いは定まらない。

 

――もう少し動け、もう少しで殺せる。あと、もう少し…

 

 しかし、引き金にかけた人差し指の動きが止まった。あと少し動かすだけで、全てが終わるのに。良美の仇を取れるのに。時が止まったかのように、礼司の身体は動かなくなっていた。

 

――藤村?

 

 礼司の目に映る賢二は、あまりにも無防備だった。もう銃口すら向けていない。ただ寂しそうな表情で、礼司を見つめているだけだった。

 

「霧崎…」

 

 小さく呟く賢二の姿に、礼司の感情がかき乱されていった。なぜそんな表情をするのか、なぜ礼司を殺そうとしないのか。賢二の行動と表情が、何一つ理解できなかった。

 

 気づけば、礼司の手から銃がこぼれ落ちていた。果たすべき目的を、見失ってしまったかのように。

 

[残り18人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system