「当てるつもりじゃなかったんだ…。条件反射で、つい…」
藤村賢二(男子16番)が困惑したかのように呟くのを聞きながら、霧崎礼司(男子6番)の心はかき乱されていった。動けずにいる礼司の元に、賢二は一歩ずつ歩み寄る。
――どうして…
「なぁ…霧崎…。俺…」
――お前は、見境なく殺していたんじゃないのか?だから、荒川さんを含めて五人も殺したんだろ?
「お前を…怒らせるようなことをしたんだよな…。謝って済む問題じゃ…ないんだよな…?」
――お前は、俺に勝ったんだ。生き残ったんだよ。どうして、もっと嬉しそうな顔をしない?
「教えてくれよ…。俺は、お前に何をしたんだ?俺、馬鹿だからわかんねぇよ…。教えてくれよ…。」
――どうして、そんなに悲しい顔をするんだ?
礼司からわずか一メートルほど先で、賢二は足を止めていた。礼司が反撃することすら考えていないのか、今なら一発で殺せるほど、完全に無防備な状態だった。その手にある銃の引き金に、指すらかかっていない。ただ悲しそうな表情で、今にも泣きそうな表情で、礼司の方を見ているだけだった。
――どうして…
到底理解できない賢二の行動。悲しそうな表情を浮かべる意味も、礼司に教えを乞う意味も、止めを刺さない理由も、礼司には分からない。何一つ分からない。何一つ理解できない。
「どうして…」
分からないから、理解できないから、思わず疑問が口からこぼれ出た。
ずっと、聞きたかったこと。ずっと、知りたかったこと。ずっと、心の奥底にしまっていたこと。
「どうして…荒川さん、殺したんだよ…。」
言いながら目に浮かぶ涙。脳裏に浮かぶ荒川良美(女子1番)の笑顔。頭の中で聞こえる出発前の悲痛な声。初めて見た彼女の涙。その全てが、礼司の心を痛いくらいに締め付ける。もうこの世にいない想い人の全てが、礼司の心を締め付ける。守れなかった自分自身が、憎らしく思うほどに。殺した賢二に、恨みを抱くほどに。
けれど、今は“殺したい”という感情よりも、“どうして”という疑問が、心の中に渦巻いていた。
――なんで、彼女が殺されなくちゃいけないんだ。どうして、お前は殺したんだ。お前だって知っているだろ?彼女が怖がっていたことを。なのに、どうして殺したんだ。
聞きたいのは、教えてほしいのは、自分の方なのに。
礼司の疑問に、最初こそは目を見開いて驚いていた様子であった賢二だったが、すぐにその目は伏せられた。悲しみに帯びたその瞳に、礼司は映っていないように見えた。
「彼女は…、何もしていない。俺が、勝手に追いかけて、この銃で殺した。元が死んだことで、クラス全員を逆恨みしたんだ…。」
良美には、何も非はなかった。ただ自分が悪いんだ。そう、言っているように聞こえた。
「本当に、すまなかった。」
そう言いながら頭を下げる賢二を見ても、礼司は何も言えなかった。溜まった涙がスッと頬を伝っても、賢二を見つめていることしかできなかった。悔しいのに、もっと言いたいことはたくさんあるのに、黙っていることしかできなかった。
――違うだろ?謝るべきなのは、俺じゃないだろ?頭を下げるんじゃなくて、空に向かって叫んだほうが、本人に届くんじゃないのか?
そんなことを思いながらも、心の中の霧が晴れていくかのような感覚を味わっていた。ずっと抱え込んで負の感情が、一気に抜けていくかのように。
――あぁ、俺はこういうのを求めていたかもしれない。
ただ、知りたかっただけなのかもしれない。なぜ良美が死んだのか。なぜ殺されなくてはいけなかったのか。それを知りたかっただけかもしれない。復讐の前に、ただそれを知りたかっただけなのかもしれない。謝って欲しかっただけなのかもしれない。
本当に願っていたことは、それだけだったのかもしれない。
「そうか…。」
もっと色々言うべきことは、あるかもしれない。でも、礼司は何も言わなかった。もう、自身が永くないのはわかっているし、それに赦したわけではないので、救われるような言葉をかけることもしなかった。
これは、きっとせめてもの罰。
「霧崎…。俺は…これからどうしたらいい…?」
地面にペタリと座りこむ賢二の目にも、うっすらと涙が浮かんでいる。こんな情けない賢二など見たことがなかった。後悔しているのなら、分からなくはないのかもしれない。少なくとも、もっと人間ができた人なら、賢二に温かい言葉の一つでもかけるのかもしれない。もしかしたら、「あなたは悪くない。」なんて、慈愛に満ちた言葉をかける人間だっているかもしれない。
けれど、悲しそうに呟く賢二を見て、礼司はなぜか笑い出したい気分になっていた。
――おいおい。自分が殺した相手に聞くのかよ。自分の今後の行動方針を?冗談じゃない。お前の人生に、そこまで責任持てるかよ。
ただ、一つだけ、言うとしたら――
「謝るくらいなら、殺すの、やめればいいじゃねぇか。それとも…何だ?もう六人も殺しているから、後戻りできないって思ってんのか?」
礼司の言葉に、賢二の身体がビクッと震える。六人―その中に、礼司自身が含まれているのことは、言うまでもない。そこに、反応しただろうか。
「何をやるにも、遅すぎるってことはないんじゃないのか?過去は変えられない。お前が人を殺した事実は、変わらない。けど、これから殺さないってことはできるんじゃないのか?生きているなら、いくらだって決められるんだ。」
死んだ者には、もうできない。けれど、生きている人間は、未来を選択する権利がある。生きている限り、自分の意志で行動することができる。これが、生きている者と死んでしまった者との、大きな違い。
「自分で、決めろ。これが、俺からのせめてものアドバイスだ。」
そう言いながらも、脳裏に浮かぶ姿。良美ではない、別の女の子の姿。
『復讐は、いつやめたっていいんだから。』
――そうだよな…。いつ決めたっていいんだ。一度決めたことを、変えちゃいけないなんてことはない。そう、言いたかったんだよな…。
一気に言葉を紡いだせいか、急に息苦しくなった。おそらく、そう永くは生きられないだろう。撃たれた傷は焼けるように痛むし、次第に景色はかすんでいくし、少しずつ感覚も麻痺し始めている。
――もう、俺も終わりか…。十五年余りの人生。悪くはなかったけど、もう少し生きていたかったな。もちろん、こんなプログラムの中じゃなくて、日常生活の中でだけど。あと、やっぱ告白しとけばよかったよ。あっちにいったら、彼女に会えるだろうか…。
ぼんやりした意識の中で、走馬灯のように今までの人生を振り返っていると、再び半日前に会った少女のことを思い出した。眼鏡をかけた、寂しそうな表情。賢二とかぶって見えるのは、同じことを後悔しているからだろうか。
――矢島さんには、やっぱ感謝しなくちゃいけないよな。よく考えたら、銃をくれるなんて、どんなお人よしでもできることじゃないし。あとは、古山さんに会えるようにでも祈っておくか。でも、それだけじゃ、恩は返せないよな…。
ふと思いついたことがあり、呼吸を整える。限りなく小さな希望、流れ星に願ったことが叶うくらい小さな願いを、賢二に聞いてもらうために。
「ふ、藤村…。頼みたいことがある…。負け犬の戯言だと思って…聞いていれないか…?」
もう、筋肉も思い通りに動いてくれないらしい。一言一言発するのが、とてつもなく苦しい。けれど、一度言い始めたからには、止めるわけにはいかなかった。
「一つ…。矢島さんには…絶対手を出すな…。彼女は、いきなりお前を襲ったりしない…。いいか、頼んだぞ…。」
そう言いながら、この中で友人の横山広志(男子19番)や、それこそ古山晴海(女子5番)も入れておけばよかったと思った。あぁ、まだ人生で後悔することってあるんだなと思いながら。
けれど、もう時間がない。残された力を振り絞って、最期の言葉を口にした。
「二…つ。俺は…もう…覚悟している…。せめてもの情けに…と、止めを…刺して…くれ…。」
その一言で、ぼんやりしていた賢二の表情に、緊張がはしる。言われたことが信じられないかのように、目を見開いていた。
呼吸も苦しい。もう死ぬのは分かっている。できれば、早くこの苦しみから解放されたかった。どうせなら、潔く止めを刺してほしいと思った。
そして、賢二ならその意志を汲んでくれると思った。それで、賢二がまた苦しむかもしれないけど、大丈夫だろうと信じた。さっきは弱気なことを言っていたが、本当はそれほど柔な奴ではないはずだ。だからこそ礼司は、賢二のことを、クラスで唯一張り合えるライバルだと認めたのだから。
その思いが通じたのか、賢二が銃口を礼司の胸に向けた。その銃口は、少しもぶれていない。それだけを確認して、礼司は静かに目を閉じた。
「霧崎。」
遠くから聞こえる賢二の声。先ほどよりも、しっかりした声。きっと大丈夫だろうと、思わせてくれる声。その声を聞いた時、なぜか礼司は心底ホッとした。
「お前は…俺にとって、最高のライバルだったよ。」
その言葉に、思わずニヤリとする。きっと、その表情はもう歪んでいないだろう。それほどまでに、純粋に嬉しかった。礼司にとって、それは最高の褒め言葉なのだから。
――やっぱ、お前で良かったよ。
次の瞬間、パンという聞きなれた音と同時に、礼司の身体が少しだけ動いて、胸の真ん中に正確に穴が空いていた。けれど、その表情は変わらず穏やかなままであった。霧崎礼司が、“復讐者”としてではなく、一人の人間として死んでいくことができたからかもしれない。
賢二は銃をそっと地面に置いた後、もう何も言わない礼司の骸に少しだけ歩み寄り、胸の上で両手を組み合わせた。それは、認めてくれたライバルに対する、せめてもの弔いかもしれない。その死を、心のどこかで悲しんでいるからかもしれない。
少なくとも、賢二にとって、それは初めての行為であった。
男子6番 霧崎礼司 死亡
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