近づく心、離れる距離

 

 重なり合う銃声。耳に届く爆発音。そして爆発音の反響のせいか、いくらか小さい数発の銃声の後、単発の銃声。

 

 その全てが、ひどく心をかき乱す。

 

――今のって…誰かが撃ち合ったってこと…?

 

 矢島楓(女子17番)は、銃声の聞こえた方角へ視線を向ける。一瞬だけ空が明るくなったような気がしたが、今では何事もなかったかのように静寂が訪れている。

 

――銃声と…爆発音…。何か、爆弾みたいなものが支給されていたということ?

 

 銃声は、もう何度も耳にしている。そして、楓自身も発砲している。けれど、爆発音を聞くのは初めてだ。今の音だけでは、どのようなものが支給されたなんて、楓には分からない。時限爆弾のようなものかもしれないし、小型の投げられるような手榴弾のようなものかもしれない。もしかしたら、支給武器ではなく、誰かがそれに類似するようなものを作成したのかもしれない。

 

 ただ一つ言えることは、その爆発の中心にいたとしたら、少なくとも大怪我は免れない。

 

 そう認識した途端、なぜか心臓がドクンと音を立てた。

 

――何?何なの?この嫌な感じは…

 

 息苦しい。力が入らない。思わず胸を押さえるが、その苦しさが治まることはない。それどころか、どんどん広がっていき、呼吸が乱れる。ハァハァと小刻みに乱れる呼吸を、必死で整えようとするけれど、それでも治まる気配がない。呼吸と共に広がっていく不安。思い出したかのように、ズキズキと痛む左腕。暗闇の中、誰もいない安堵感と恐怖。

 

 怖い、怖い、何もかもが。

 

――嫌だ…!晴海に何かあったの?それとも、あの人に…?

 

 その時、頭の中でリンと鳴り響くかのように、一つの声が聞こえた。

 

『…矢島さんは、好きな人とかいる?』

 

 鮮明に蘇る声。たった、たった半日ほど前に会った人に言われた言葉。今までで一番、鮮明に。

 

『俺は、荒川さんを殺した人物を探している。』

『俺は、生き残って優勝者になるつもりは毛頭ない。やろうとしていることが、間違っているってこともわかってる。』

『だから俺は、そいつを殺してやりたいんだ。』

 

 一つの言葉をきっかけに、次々と流れ込んでくる。水道から流れる水のように、決して止まることなく次々と。

 

『矢島さんのやったことも、正しいか正しくないと言われれば、おそらく間違っている。』

『けど、これはプログラムなんだ。』

『その中で、自分のやりたいように、やっていくしかないんだと思うよ。』

 

 優しい声で、本当のことを告げた人。そして、その上で楓の背中を押してくれた人。その表情も、真剣な眼差しも、鮮明に蘇る。その瞳の裏を彩る、黒い憎悪の感情すらも。

 

――なんで?なんで今?

 

 プログラムで初めて会話を交わした人。悲しい決意を抱えた人。止めたかったのに、止められなかった人。きっと、今でも憎むべき相手を探している人。

 

――生きて…いるよね…?

 

 もう会えないことも、覚悟して別れた。けれども、再び会うことを諦めたわけではない。いや、もう一度会うつもりだった。会って、言いたいことがあった。伝えたいことがあった。

 

 あの時言えなかったこと。聞き返してしまったこと。今なら、少しだけ分かる気がするから。

 

――死んじゃ…ダメだよ…?

 

 言わなくてはいけない。伝えなくてはいけない。あの時よりも、きっと共感できる。今度こそ、本当に止められる気がする。“彼女”は、そんなことを望んでいないと。

 

 一番望むことは、生きていてくれることなのだと。私なら、そう思うのだと。

 

 そんな楓が今いるエリアはH-3。そのささやかな願望がもう叶わないことを、今はまだ知る由もない。

 

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――今のって、銃声じゃない…?爆発音…?

 

 古山晴海(女子5番)は、隠れていた小屋から出て行こうとした足を、ピタッと止めた。

 

――やだ…!また、また誰か…?

 

 爆発音に呼応するかのように、身体が勝手に震える。立っていられなくなり、そのまま地面にへたりと座りこんだ。両手でギュッと自身の身体を包みこんでも、震えは治まらない。

 

――ダメ…!ここから出なきゃ!ここを出るって、みんなを探すって決めたじゃない!

 

 六時の放送で、もう残りは十九人。わずか一日前までは三十八人いたのに、今では十九人。いや、もっと減っているのかもしれない。ただ不幸中の幸いと言うべきか、晴海と同じ修学旅行のグループは誰一人欠けてはいない。けれど、想い人の友人は呼ばれてしまった。彼は、今どうしているのだろうか。きっと悲しんでいるに違いない。

 

 隠れているだけではダメだ。動かなくては、もっとたくさんのクラスメイトを見殺しにしてしまう。だから、ここから動くと決めたのに、みんなを探すと決めたのに。

 

――動いて!動いてよ!もう、誰にも死んで欲しくないのに!

 

 先ほどの爆発音で、腰を抜かしてしまったのか、意志とは裏腹に、身体が動く気配はない。

 

――何で、私…こんなに弱いの…?

 

 止めていたはずの涙が溢れ出す。もう暗いはずの視界が、ぼやけていく。瞬きをすると、温かいものが頬を伝った。後から後から流れる涙は、決して止まることはない。そして、時は無常にも同じ速度で進んでいく。

 

 今、晴海が隠れている小屋のあるエリアはC-6。会いたい友人との距離は、決して近くはなかった。

 

[残り17人]

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