担当官からの視点B

 

 もうすぐAM0:00。四回目の放送の時間だ。

 

 栗井孝は、軋むパイプ椅子に腰かけながら、再度資料に目を通していた。今のデータがもう変更されることはないだろうが、放送内容には万に一つも間違いがあってはならない。今回の死亡者の名前と禁止エリアを確認したところで、周囲に悟られないように小さく溜息をついた。

 まさかとは思っていたが、嫌な予感は当たってしまった。宇津井弥生(女子2番)乙原貞治(男子4番)をあっさりと裏切ったところからして、どうやら本性が浮き彫りになってしまったようだ。普段の出来すぎた素行からしてもしやとは思っていたが、どうやらその予感は当たってしまったらしい。

 彼女の本性に気付いている人間は、果たしてどれくらいいるのだろうか。もしかしたらいないのかもしれない。盗聴の様子からして、宇津井を信頼できる人物と挙げている人間は多いのだ。その人望を生かせば、優勝の可能性は十分有り得る。が、後味は大変良くない。観察眼に長けている横山広志(男子19番)や、今だ何を考えているか分からない神山彬(男子5番)なんかは、もしかしたら気がついているのかもしれないけれど。

 そこまで考えたところで、再び資料に目を通す。今回の死亡者は乙原と霧崎礼司(男子6番)、それと津山洋介(男子12番)の三人だ。残りはもう十六人。丁度男女半々となっていた。

 

 そう、人数としては一番少ない。けれど、今回の放送――特に乙原と霧崎の死は、かなりの人物に多大な影響を与えると思われる。

 

 まず、乙原については萩岡宗信(男子15番)白凪浩介(男子10番)はもちろんのこと、江田大樹(男子2番)も“絶対乗っていない”などと言っており、再び会うことを切望していた。この三人に、衝撃と悲しみを与えることは確実と言っていいだろう。また、乙原とは割と親しいようである谷川絵梨(女子8番)も、三人とは違った意味でショックを受けるに違いない。

 霧崎に関して言えば、仲のよかった横山は大分堪えるだろう。若山聡(男子21番)に続いて、仲のよい友人を二人とも失ってしまったのだ。また、半日ほど前で会っている矢島楓(女子17番)も、おそらく衝撃を受けるであろう。霧崎に出会って以降、誰にも遭遇していない彼女の目的は今だ不明だ。そういう意味では、放送を聞いてどうするのか、そのあたりも今だ未知数といえる。

 また、霧崎の加害者に当たる藤村賢二(男子16番)にも、何らかの影響を及ぼすだろう。盗聴の様子からして、藤村の今後の行動方針はまったくもって予測できない。霧崎の言葉をそのまま聞き入れるならば、もう人は殺さないかもしれない。けれど、過去は変えられないのもまた事実。仲間を作ることは既に困難となっている。そんな中、藤村はどのように行動するのか。

 

「担当官、お時間です。」

 

 背後から、まだあどけなさが残る青年の声が聞こえる。そのまま振り向くと、二十代くらいの若い兵士、あの朝にコーヒーを持ってきてくれた気の利く青年が、そこには立っていた。

 

「ああ、今行く。」

 

 いくらか重い腰を何とか動かし、マイクの前へと歩き出す。時間も時間なだけに、思ったよりも疲労は溜まっているのかもしれない。けれど、そんな弱音など言ってはいられない。過酷な状況にいる彼らの疲労や心境を思えば、こんなのは疲れたうちに入らない。目の前の大きなモニターの日付は、もう少しで変わろうとしている。半数以上のクラスメイトが迎えることができなかった、“14日”という日付に。

 これからプログラムは二日目に入る。今生きている彼らが、これからどんな風に足掻いていくのか。今を生きる中学三年生が、一部の大人が決めたルールに翻弄される彼らが、どのように生きていくのか。子供と大人の狭間に立っている彼らが、生きるために何を成そうとするのか。そんなことを考えていたとき、ふとこんなことを思った。

 

 後ろに立っている先ほどの青年。彼が中学生だったときは、一体どんな少年だったのだろうかと。

 

[残り16人]

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