――嘘だろ…?貞治が…死んだ?
萩岡宗信(男子15番)は、四回目となる放送を聞いた時、あまりのショックにペンを落としそうになった。それを何とか踏みとどまり、必死で他の死亡者と禁止エリアをチェックした。それが終わったと同時に、一気に力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちた。その際、多少すりむけたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
――死んだ…。貞治…が…。
一番仲のいい友人の死。三回目の放送の時に呼ばれた武田純也(男子11番)らの時よりも、重い一打が宗信を襲った。今度こそ、精神的に参ってしまいそうだった。
――貞治まで…。貞治まで…死んだ…。
もう一度会うつもりだったのに、まだ話したいことはたくさんあったのに、こんなに探していたのに、見つけられなかった。あの時ああしてれば、そんな後悔が次々と湧いてくる。それでも、貞治は二度と帰ってこない。
後悔と悲しみ。その次に浮かんだのは、まだおめおめと生きている自身への疑問。
――なんで…俺は…生きているんだ?ダチが死んでいるのに、何で何の変哲もない、俺みたいな人間がのうのうと生きている…?
自分自身にコンプレックスを感じている人間の中に、自分自身を過小評価する人間も少なくない。宗信も、正にそのタイプの人間だった。
――背だって低いし、成績だって運動神経だって中くらいだ。浩介みたいにクールで頭がいいわけでもないし、貞治みたいに優しくて友達が多いわけでもない。純也みたいにエースになれる素質もないし、徹みたいにリーダーシップがあるわけでもないし、忠みたいに人を和ませることもできない。こんな、こんな俺なんかが生きてて、なんでみんなが死ななくちゃいけないんだ…?俺なんかより、みんなが生きていた方が…
友人が次々と死んでいく中、なぜ自分なんかが―そんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡る。最初の目的、殺し合いを止めることも、古山晴海(女子5番)のことも、今の宗信の頭の中からは抜け落ちていた。浮かぶのは、決して答えの出ない疑問のループ。
――こんな俺が生きていて…世の中のためになるのか?こんな無力な奴、生きていたってしょうがないんじゃないのか?
周囲は既に闇に包まれており、視界に映る景色に色はない。あるのは真っ黒な闇だけ。その暗闇が、次第に宗信の心を蝕んでいく。もう心底疲れきっていた。何もかもがどうでもよくなっていく。
その時だった。そんな宗信の思考を遮るかのように、頭の中に声が届いたのは。
『関係ないじゃん。そんなこと。』
ハッとする。そして思い出した。いつかの放課後、交わした会話のことを。わずか一カ月前のことを。
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放課後、何気ない会話の最中のこと。何かのキッカケで自分の不安を吐露したことがあった。背のことや、果たして自分が告白できるほどの男なのかということ。主にそんなことを話していた。二人とも、宗信が話す間は一切口を開かなかった。
宗信の言葉が切れたの同時に、貞治がやれやれといった様子でこう言ったのだ。――『関係ないじゃん。そんなこと。』、と。
『そりゃさ、宗信は背低いし、全てにおいて平均的かもしれないよ。けどさ、生きていく上でそんなの些細なことだと思うんだよ。だってさ、俺達まだ中三じゃん?これからものすごい才能を開花させていくかもしれないし、それこそ背だってぐんぐん伸びるかもしれないじゃない。この年で自分に限界を感じるなんて、どこぞの達観したおっさんかっての。』
最後は皮肉で締めくくりながら、貞治はこう言った。(そう言う貞治の方がよっぽどおっさんみたいだ、と思ったがそれは黙っておいた)
『それにさ、その理屈で言っちゃえば浩介なんかとっくに告白できてるって。でもさ、今だにこうしてうだうだしてるわけじゃない?要するにさ、そういう理屈だけじゃないってことですよ。』
『言ってくれるじゃんか。』
いきなり話題に出された浩介は、怒るわけでもなく、笑いながらこう言った。そして、その言葉を引き取るかのようにこう言ったのだ。
『まぁでも、俺も貞治に同意見だな。そんなことよりも、大事なのは相手に対する気持ちじゃないのか?誰にも負けないくらいさ、好きだって言えることじゃないのか?言っとくがな、仮にお前が矢島さんを好きだったとしても、俺は一歩も引く気はない。宗信だけじゃなくて、貞治でも、武田や藤村でもだ。宗信、お前はどうなんだ?仮に、俺が古山さんが好きだったらどうするんだ?引くのか?』
『んなわけないだろ!』
コンマ一秒に満たないほどの即答に、宗信自身も驚きながらも、浩介に向かってビシッと人差し指を向けてこう言い放った。
『そんときはな、正々堂々と勝負だ!』
そんな宗信の即答に、二人とも一瞬驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに笑った。それは、ホッとしたような、どこかおかしいような、そんなミックスしたような表情だった。
『まったく、宗信はそういうところすごいよね。俺には真似できないよ。』
なおもクスクスと笑いながら、貞治はそう言った。その声は、とても穏やかで心地よいものだった。
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――そんな、そんなこと、あったんだよな…。
日常の中の他愛のない出来事。いつかは忘れてしまうこと。けれどこの時ばかりは、鮮明に蘇ってきた。まるで、誰かが思い出させてくれたのように。
――貞治。お前…俺の背中を押してくれているのか…?
その時、フワッと風が後ろから吹いていた。夜だというのに、生温かくて、まるで春を思わせるかのような優しい風。おそらくただの風だろう。けれど、宗信は貞治にこう言われているような気がしていた。
――立ち止まっている場合じゃないよ。まだまだやれること、あるんじゃないの?―― と。
思わず苦笑する。まったく、自分は人に助けられてばかりではないか。純也に徹に忠、それと貞治。まったく、どうやら自分は友人には大変恵まれているらしい。それは、とても誇りに思う。
――浩介は生きている。古山さんも、矢島さんも、江田も生きている。まだ、やれることあるじゃないか。俺なりに、今は何の変哲のない人間なりに、やってみようじゃないか。俺はまだ生きているんだ。生きている限りやってみようじゃないか。
そう決意すると、すぐに立ちあがった。そして一歩踏み出す。その足取りに、迷いや怯えは一切感じられなかった。
小さな身体が闇に溶けてもなお、優しい風は吹き続けていた。まるでエールを送るかのように。
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