第四回目放送〜諦めない心〜

 放送から既に十分ほど経過しているが、漂う空気は重苦しく、そして沈んでいる。それはおそらく、夜のせいだけではないだろう。

 江田大樹(男子2番)は、六時の放送でA-5が禁止エリアになるということなので、B-5へと移動していた。もちろん、横山広志(男子19番)も一緒にだ。ようやく腰を落ちつけるところを見つけたところ(といってもそう都合よく家が見つかるわけないので、なるべく目立たないように藪の中に潜んでいた)で、四回目の放送を聞いたのだ。

 

 一言で言うと、かなりショックを受けていた。呼ばれた人数は三人と今までで一番少ない人数ではあったものの、呼ばれた人間が、二人にとって近しい人物であったため。

 

 “絶対に乗っていない”と信じていた乙原貞治(男子4番)の名前が呼ばれたとき、自分でも驚くくらいショックを受けていた。同じ修学旅行の班であった武田純也(男子11番)らが呼ばれたときよりも、それは数段重い衝撃だった、それはもしかしたら、席が近くて他愛もない雑談をしたことや、修学旅行の班決めの際、どこにいこうか悩んでいた大樹に「良かったらさ、一緒に組まない?江田が入れば丁度七人だしさ。」と言ってくれたことが、少なからず影響していたからかもしれない。

 

――乙原。お前、誰に殺られたんだ?お前のことだから、乗っているわけないもんな。お前を殺した奴は、間違いなくやる気の人間なんだな…。

 

 最初に思い描いていた“なるべく多くの人と脱出する”というスタンスは、もろくも崩れ去ろうとしていた。それは、既にクラスメイトが半分を切っているのもそうだが、完全にやる気の人間はこのプランに乗らない可能性が極めて高いからだ。あくまで大樹は、“生きてここから脱出する”ことのみを目的としており、その後のプランはまったくといっていいほど白紙である。生きて元の生活を送りたい人間にとっては、あまり当てにならない計画だ。そうしたいのならば、一番確実な方法は“優勝”することなのである。

 それに、首輪を外す作業も、まったくといっていいほど進んでいない。全体像を把握したのはいいものの、やはり内部構造はわからないからだ。内部構造がわからないことには、解除なんてできるわけがない。おそらく、内部には電気コードのようなものが張り巡らされており、適当に切ろうものなら爆破してしまうだろう。これだけ小型されているのだから、案外回路そのものは単純かもしれないが、それでも危険な賭けを冒すには情報が足りなさすぎる。正直、大樹は途方に暮れていた。

 

「江田、大丈夫か?」

 

 いつのまにか呆然としていたらしい。広志が大樹の両肩を掴んで揺すっていた。大樹を心配そうに見つめるその瞳は、若山聡(男子21番)が放送で呼ばれたときよりも、いくらか落ち着いているように見えた。

 そんな広志の様子を見て、思わず視線を逸らす。そして、思ったままに口走ってしまっていた。発言する前に考えるということすらできないほどに、心底疲れきってるせいかもしれない。

 

「お前は…どうしてそんなに平気でいられるんだ?霧崎が死んだんだぞ…。それにもう十六人しか残っていない、首輪を外す方法だって…まだ何も分かっちゃいない…。正直、俺もう…どうしたらいいのか…」

 

 大樹が全てを言いきる前に、広志が大樹の肩にかけた両手に力を込め、その爪を喰いこませていた。思わぬ痛みに、言葉が途切れる。

 

「そんな…そんな甘いもんじゃないってことくらい、承知済みだ。はっきり言って、一介の中学生に簡単に外せるくらいなら、毎年五十ものプログラムが成立するわけがない。江田、お前と同じようなことを考える奴も、おそらくたくさんいるだろうしな。」

 

 そんな広志の声に誘われるかのように、顔を上げる。そしてまともに視線をかち合わせる。その瞬間、ハッとした。

 

 広志の瞳の奥には、表情には出さない怒りや悲しみ――そして憎しみに近いものが入り乱れていた。パッと見では分からない、内に秘めた負の感情。

 悲しくないわけないのだ。けれど、それを表に出さないだけ。もしかしたら、聡の名前が呼ばれた時、大樹に気を遣わせたことをずっと気にしていて、敢えて表に出さないように努めていたのかもしれない。

 

「それに…俺は、心のどこかで覚悟していた。聡が死んだって知った時、もしかしたら、いつかは礼司も呼ばれるかもしれないって…。」

 

 絞り出すような悲痛な声。それは、どんな安っぽい言葉で語られるよりも、広志の今の心境を物語っていた。

 

「平気かと…お前は言ったな…。はっきり言って、平気なわけないだろ。けれど、覚悟をしてたから、だから事実として何とか受け止めただけだ。事実を受け止めることと、友人の死を悲しむことは別物なんだよ。」

 

 そう言いきると、両手を大樹の肩から離し、そのままバンと叩いた。まるで、シャキッとしろと言われているかのように。

 

「お前のやっていることは、悪あがきかもしれない。けれど、お前はそうすることを選んだんだ。ただ逃げ回るだけじゃなく、優勝するためにクラスメイトを殺すことでもなく、脱出するという選択をしたんだ。だったら、生きている限りやってみろ!どんなに苦しくても、最後まで諦めるな!少なくとも、俺は諦めない。ここで諦めたりしたら、礼司や聡に怒鳴られるしな。」

 

 そして、いつもの広志の口調で、いくらか優しさのこもった声で、最後にこう言っていた。

 

「乙原だって、そうじゃないのか?お前がここで諦めることを、あいつは望むのか?」

 

 迷うことなく首を振る。貞治なら、「やるだけやんなよ。そう、決めたんでしょ?」なんて言うだろう。自分がどうなったとしても、最後まで人のことを気にするような奴なのだ。大樹よりもずっとずっと優しくて、ずっと強い奴なのだ。最初から最後まで、プログラムに乗らないと信じきれるほどに。

 そんな彼を助けられなかった今、大樹にできることは、貞治の友人を、他のみんなを救うべく行動することだった。天国で見ている貞治に、恥ずかしくないように生きていくことだけだった。

 

――乙原…ゴメン。助けられなくてゴメン。待てなくてゴメン。でも、萩岡と白凪は助けるから。古山さんも矢島さんも助けるから。もう、誰も死なせないから。絶対に、絶対に脱出してみせるから。

 

 深呼吸をする。二回もすると、幾分か高ぶった感情が落ち着いたかのように思えた。今度ははっきり広志の顔を見て、しっかりと告げることができた。

 

「続き、やろう。」

 

 広志が幾分かホッとしたような表情を浮かべ、そしてはっきりと首を縦に振った。

 

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