仮説

 そう言った瞬間、腹に一発蹴りを入れられる。容赦ない重い蹴りで、呼吸が一瞬止まった。

 

「何呼び捨てにしちゃってんの?ブスのくせに。これからあんたには死んでもらうけど、やっぱりただじゃ殺してあげないから。」

 

 恐ろしいことをさらっという三浦美菜子(女子15番)を見ながら、やはり最初から本気で殺しておけばよかった―と矢島楓(女子17番)は心底後悔した。“ただじゃ殺してあげない”ということは、おそらく苦痛を与えながら殺すつもりだ。そんなことをしながら殺すなんて、死にたくないから殺す人間よりもよほどたちが悪い。

 ちらっと美菜子を盗み見る。右手には銃(おそらく元々持っていたもの)が握られており、銃口は楓に向けられている。左手にも銃が握られており(これは楓が持っていたものだろう)、これは銃口こそ向けられていないが、引き金に指がかかっており油断できない。それに、少なくともワルサーには弾が残っているのだ。岡山裕介(男子3番)のときのようにはいかない。下手なことをしては、簡単に殺されてしまう。

 

「っと。殺す前に一個聞きたいんだけどさ。あんた、直子殺した?いや、直子だけじゃなくて、裕介や翔平や、もしくは別の誰か、殺した?」

 

 思わぬ質問に、目を見開く。それに、挙げられた名前にも違和感を覚えた。

 

「何でそんなこと聞くのよ?なんでその中に…」
「分かってるくせに…聞くんだ?なんで慧が入っていないのかって。」

 

 グッと言葉に詰まる。そう、分かってはいるのだ。なぜその中に、本田慧(女子13番)の名前が入っていないのか。それは、聞く必要がないからだ。それは即ち――

 

「本田さんは…あんたが殺したのね。」
「ご名答。やっぱあんた、馬鹿じゃないのね。そういうところは、嫌いじゃないんだけどな。」

 

 あっさりそう言ってのける美菜子を見ながら、楓は気分が悪くなった。慧のことも嫌いだし、殺されて悲しい気持ちなど微塵も湧かない。けれど、仮にも友人だった人物をあっさり殺すなんて、この女は人の皮を被った化け物なんじゃないかと思った。

 

「死んだところは見ていないけどね。結構血も流していたし、あの後の放送で呼ばれたから、あのまま死んだんじゃないかな。ちょっと見たかったけどね。無様に死んでるとこ。」

 

 少しばかり自慢気に、かつ楽しそうに話す美菜子を見ながら、楓は唇をギリッと噛みしめた。その発言、その口調が、ひどく癇に障る。美菜子の発する言葉全てが、楓の神経を逆撫でする。

 

「…そう。で、なんで私が殺したって思うか聞きたいんだけど。」

 

 言いたいことは山ほどあったが、それらを全て飲み込んで一番大事なことだけを述べた。こんな下らない仮説を話すあたり、逃げ出すチャンスはゼロではない。何とかして隙を見つけだす必要がある。それに美菜子の仮説は、はっきり言ってしまえば当たっているので、そのように推測できる理由も聞きたかった。

 

「あんたみたいなタイプってさ、一番わかんないのよ。どう動くかさ。それに一個、面白い仮説があるの。」

 

 既に懐中電灯は消えて、視界には暗闇しかないというのに、その中でも美菜子がニヤリと笑うのがわかった。仮面のように、気味の悪い笑顔だなと思った。

 

「私が出発する前、銃声が聞こえたの。丁度、荒川が出発するときだったな。間をあけて二発。先に出た誰かが撃ったんだろうなって思った。あのとき出てたのは、直子、文島、あんた、松川、横山、米沢、若山。あと、時間的には難しいけど翔平。この八人の中に、犯人がいるわけ。」

 

 このことは霧崎礼司(男子6番)から聞いていたので、楓も知っていた。そして、荒川良美(女子1番)の恐怖心を増大させてしまったことは、本当に申し訳なく思った。

 

「で、私が出発する時、左手の林に…二人くらいかな?誰かがいた。私を待っているわけではなかったみたいだから、学校に襲撃するという馬鹿な輩か、もしくは後から出てくる人物を待っているのだろうなって思った。待っていたとしたら、私の後には藤村しかいないから、待つ相手は藤村しかいない。推測すると、あれは松川と佐野の可能性が高いわね。銃を撃ったんならそこから離れるだろうし、第一佐野が信用しない。これで、松川は除外かなと思った。」

 

 これは初耳であった。松川悠(男子18番)は楓の次、順番としては四番目に出発したはずだ。それから一番最後の出発となる藤村賢二(男子16番)まで待っていたとしたなら、すごいとしか言いようがない。

 

 ただ、悠も、そして佐野栄司(男子9番)も、最初の放送で名前が呼ばれてしまっているが。

 

「そこで、しばらく周辺散策してみた。そしたら、直子が死んでいるのを見つけたの。銃で頭を撃たれていたみたいだった。あれから銃声は近くで聞こえなかったから、あの銃声で直子が死んだんだなって分かった。別に悲しくもなんともなかったけどね。そこで思ったの。開始早々人を殺せるなんてさ、よほどのことがない限りできないんじゃないかってね。例えば…恨みとかね。」

 

 なるほど。確かに言っていることは理解できるし、仮説もそれなりに納得できる。認めたくはないが、やはり美菜子は中々頭はいいようだ。もしかしたら、美菜子以外にも同じことを考えている人間もいるかもしれない。

 もちろん、開始早々人を殺す人間もいるとは思うけれど。

 

「そこで一個仮説を立ててみた。直子を殺したのは、矢島―あんたじゃないかってね。銃も持ってたし、それに撃つときも割と落ち着いていたじゃない?もしかしたら、他にも誰か殺したんじゃないかってね。」

 

 少なくとも、その推測はおおよそ当たっている。あの銃声の主も、宮前直子(女子16番)を殺したのも、裕介を殺したのも楓だ。けれど、それを素直に認める義理はない。

 

「残念ね。私は人を殺したこともないし、その銃声も違う。どう?がっかりした?」

 

 わざと美菜子の神経を逆撫でするような言葉を選んだ。少しでも隙を見せれば、と思ってやったのだが、あまり効果は期待できないようだった。あまりに単純だった裕介とは違って、美菜子はそう簡単にはいかないだろう。おそらく、楓がこの言葉を発した意味も分かっているだろうから。

 

「ふ〜ん。まぁ、嘘かもしれないけど、そこはどうだっていいや。」

 

 先ほどと変わらない口調で、美菜子はその話を終了させた。そして、今度はとても楽しそうにこう口にした。

 

「私はね、慧と岸田を殺した。岸田は崖から突き落としちゃったし、慧には逃げられちゃったから、まだ自分が殺した人間の死体見てないのよね。あんたで今までの鬱憤晴らさせてもらおうかな。せいぜい、無様な死に様を晒しながら死んでいってよ。 」

 

 聞きながら、最悪だと思った。ある程度死ぬ覚悟はしていたし、殺される覚悟もしていたつもりだけど、こんな卑劣な奴の手にかかるなんて。これも、二人殺した報いなのだろうか(それにしてもひどくないですか?神様)。

 

 ただ、簡単には殺されない。出来る限りの抵抗をする。こんな奴に、簡単には屈しない。それだけははっきりしていた。

 

 美菜子にバレないように、そっと左の腰に手を触れる。若山聡(男子21番)の武器であった警棒が、今もそこに存在していた。ワルサーは美菜子に取られてしまっているし、S&Wは未だバックの中だ。使えるものといえば、この警棒くらい。

 

――まだ晴海に会えてない。まだここで死ぬわけにはいかない!神様でも誰でもいい!どうか、ここは生かしてください!

 

 長々と話していたせいか、銃口は少し下を向いているようだ。そして、美菜子が「さて、まずはどうしようかな。」と言ったとき、一瞬完全に銃口が楓から逸れていたのだ。

 

――今だ!

 

 手錠で拘束された両手で警棒を引き抜き、そのまま身体ごと横に回転させた。警棒は見事に美菜子の右手にヒットし、「うっ!」と言って、美菜子が銃を落としたのがわかった。

 

――あんまり人のことをみくびるからこうなるのよ!私をなめんな!

 

 すぐに右足を蹴り上げ、今度は左手を狙う。それも見事にヒットし、左手の銃も美菜子の手から離れた。その際、かなりの激痛を伴ったし、傷口が開くのがわかったが、そんなことを言ってはいられない。

 すぐに身体を引きずりながら、ワルサーが落ちたであろう場所へと移動する。あちらの銃は弾が入っているかわからないし、自分の銃の方が扱いに慣れているからだ。

 

 そのとき、パンという音が聞こえた。

 

――マズい!あっちの方が早かったの?!

 

 しかし、先ほど撃たれた右足以外、どこも痛くはない。外したのかと思ったが、それにしても、銃声はどこか遠くから聞こえたような気がした。

 

――もしかして、誰か…他にいる?

 

 すぐにカサッという音が聞こえる。楓から五メートルほど先に、誰か別の人間のシルエットが見える。その足取りはひどくゆっくりとしていて、まるで余裕であることをアピールするかのよう。そして、二発目を撃ってこないことからして、問答無用に殺そうとする輩ではない。

 もしかして、助けに来てくれたのだろうか。それが、会いたかった“彼”ならいい。一瞬、そんな展望すら抱いてしまった。

 しかし、その第三者が発した声で、それは見事に裏切られる。

 

「随分…派手にやってるな。」

 

 その声を聞いた瞬間、ゾッとするほど冷たい声を聞いた瞬間、楓はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

――あんまり事態は好転していないかも…

 

 声の主はすぐに分かった。先ほどの美菜子の話で出てきた人物。運動神経なら、誰よりも―そう礼司よりも優れている人物。

 

 今は、美菜子の次に会いたくなかった人物――藤村賢二であると。

 

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