疑惑

 

――助けに来たわけじゃないみたい…

 

 矢島楓(女子17番)藤村賢二(男子16番)の存在を認識したとき、まず思ったことはこれだった。今の銃声のおかげで、楓はワルサーを取ることができたし、賢二はどうやら楓よりも三浦美菜子(女子15番)に銃口を向けているようだが、それでも安心できなかった。

 

 その理由は二つある。一つは先ほどの声。なるで死刑を執行する番人であるかのような、感情のない冷たい声色だったこと。

 そしてもう一つに、先ほどの美菜子の話から、一つの仮説が生まれたからだ。

 

 あの話が全て本当だと仮定すると(たぶん嘘つく理由もないので、本当だとは思うけど)、松川悠(男子18番)佐野栄司(男子9番)は、無事に賢二と合流できたはずだ(美菜子がそこから離れて合流するわずかな間に、襲われたりしていなければ)。けれど、悠と栄司が最初の放送で呼ばれ、今だ賢二だけが生きているこの状況。もちろん、別の誰かに襲われて、賢二だけが逃げ切れた可能性だってある。けれど、一番可能性が高い仮説としては――

 

 賢二が二人を殺害したのではないか、というものだった。

 

 確証はない。けれど、可能性としてはないわけではない。だからこそ、賢二にも注意しなくてはいけないなと思った。その矢先の遭遇である。楓があまりありがたくないなと思ったのも無理はなかった。

 慎重に両手で保持したワルサーを、賢二に気づかれないように銃口をそちらに向ける。引き金に指をかけ、いつでも対応できるようにした。

 すると、そのわずかな動きに反応したのか。賢二がおそらく左手に持った別の銃をこちらに向け、低い声で言い放った。

 

「動くな。妙な真似をしたら撃つ。」

 

 どうやら、下手なことをしてはマズいようだ。賢二の動向が分からない今、ここはおとなしくしておいたほうがいいのかもしれない。

 

――けど、どういうつもりなのかな?

 

 やる気なら、この勝敗が決してから出てきた方が効率としてはよかったはずだ。わざわざ割り込んで来たのだから、正義のヒーローでも助けに来てくれたのかと思ったが、そうやらあまりそれを期待しないほうがいいのかもしれない。とりあえず、ここは事の成り行きを見守ることにした。

 一方の美菜子はというと、楓の思わぬ反撃の上に、第三者が介入したことでかなり怒り心頭の様子だった。ここからでも聞こえるくらい、荒い息使いをしているのが分かる。

 

「藤村!邪魔してくれちゃって、どういうつもり?!矢島を助けたりしてヒーロー気取り?あんただって乗っているんでしょ?松川と佐野を殺したんでしょ?!銃を二つ持っているのが何よりの証拠じゃない!」

 

 どうやら、美菜子も楓と同じ仮説を抱いていたようだ。――こういうのを、意見の一致っていうのだろうなぁ。あまり嬉しくないけど。

 

「だったら…どうした?」

 

 あっさりと美菜子の言葉を肯定する賢二が、先ほどと変わらない声で肯定したことが、より一層の恐怖心をかきたてた。まるで、さも当たり前であるかのように、単純な足し算の答えを述べるかのように、躊躇なく口にしたことが何よりも恐ろしかった。

 そして、同じことを美菜子も思っているはずだ。ここからでも分かるくらい、身体が震えているのだから。

 

「な、何よ?!あんただって優勝狙ってるんでしょ?だったら、だったら何で今邪魔するのよ!意味わかんない!」

 

 楓にも分からなかった。助けに来たとも考えにくい。けれど、完全にやる気なら、この状況で割り込む理由が見つからない。けれど、そのどれでもないとしたなら、他に理由が思い当たらなかった。そう―賢二の考えていることが分からないのだ。

 しかし、美菜子は何らかの理由で介入してきたと思ったようで、右手をこちらに向けていた(そこで初めて、美菜子が既に銃を拾っていたことを知った)。

 

「銃を下ろしなさいよ!さもないと、矢島を撃つわよ!」

 

 どうやら美菜子の中では、賢二は楓を助けるために介入したという結論に至ったようだ。けれど、楓はあーあと思った。

 

――いや、それは効果ないと思うよ。

 

 この暗闇では、楓の存在も、美菜子の存在も分からないままだったはずだ。おそらく、さっきの美菜子の言葉で、初めてそこにいる人物を認識したはずだ。つまり、誰かわからない状態で介入してきたはずだ。なのに、楓を助けるために介入したという結論は、いささか論理性に欠ける。普段の美菜子なら、こんなこと分からないはずがないのだが、どうやらかなり動揺しているらしい。

 

「撃てばいい。ただし…そのときは俺も君を撃つ。」

 

 先ほどと同じ口調で、賢二はこう答えた。それは、楓にとっては予想通りの回答なのだが、美菜子にとっては予想外の回答だったようだ。ここからでも分かるくらい、美菜子が息をのむのが分かる。

 

 賢二の存在は、この状況ではかなり“異質”だった。助けに来たヒーローでもなければ、問答無用で命を奪う死神というわけでもない。だからこそ、どう対処していいのかも分からない。それが、一層の恐怖心と迷いを生む。

 考えることが苦手な人間だったら、きっと考えることを放棄するだろう。けれど、楓も、美菜子も、どちらかというと頭で考えてから行動するタイプだ。自身の理解できない相手こそ、対応の仕方が分からない相手こそ、この場合一番の恐怖を抱く。

 美菜子が、再び銃口を賢二を向けたようだった。けれど、暗闇に慣れつつある目から見ても、その銃口は震えている。自身の理解できない相手に、どう対処していいかわからない様子だった。

 

 一瞬の沈黙の後、動いたのは賢二だった。

 

 左手で持った何か(そこで、もう銃口が楓に向けられていないことに初めて気づいた)を軽く横に振る。まるで、鼻歌でも歌いそうなほど軽い感じで。それが美菜子の右手にヒットしたようで、「きゃあ!」と言って、美菜子が再び銃を落としたのが分かった。

 

 そして、銃声が二発。

 

 一瞬、視界が明るくなったかと思ったら、「あぁぁぁー!」という叫び声が響きわたる。紛れもなく、賢二は美菜子に向かって発砲したのだ。どこに被弾したのかわからないが、地面に倒れるような音が聞こえたので、おそらく足を撃たれたのだろう。

 

「どうだ?狩られる側の気分は。」

 

 発砲した後だというのに、まったく変わらない口調。淡々とした感情のこもっていない口調。発した言葉の内容そのものよりも、その口調が何よりも恐ろしかった。自身が撃たれたわけでもないのに、なぜか冷や汗が流れ落ちるのがわかった。

 

 美菜子が銃を取りに動いた時、もう一発銃声が響いた。

 

 暗闇でもわかるほど、美菜子の頭が大きく弾かれたように動いた。今度は叫び声は聞こえず、銃声の後には静寂が訪れる。状況から考えても、賢二が美菜子の頭部を撃って殺害したことは明白だった。即死だった。

 あまりにもあっさり事が済んでしまったことに対して、今更ながら恐怖で身体がカタカタと震える。

 

――次は私かも…

 

 両手は未だに拘束されたまま、地面に伏せている状態なので逃げることもできない。銃は持っているが、当たる可能性は極めて低いし、賢二よりも早く引き金を引ける気がしない。それほどまでに、賢二の存在は“脅威”だった。

 美菜子の近くに落ちている銃を拾い上げた賢二は、そのままこちらに歩みよってくる。銃口をこちらに向けたまま。

 

――晴海に会えないまま…私、死ぬの…?

 

 じりじりと後退するが、「動くな。」という賢二の一言で、その動きは止められる。けれどそのとき、わずかながら賢二の声色に変化があったような気がした。どこか懇願するような、そんな響きがあった。

 

――でも、せめて、一つだけ…

 

 楓のすぐ脇で、賢二は足を止めた。いつのまにか持っていたのか、懐中電灯で楓の身体をパッと照らす。意外な行動だったので、目を閉じることも忘れてしまい、電灯の光をモロに目に受けた。

 

「本当に矢島さんだったのか…。大丈夫、じゃなさそうだな。」

 

 どこか楓を気遣うような賢二の言葉に、一瞬だけ聞き間違いではないかと思った。そんな楓にはおかまいなく、賢二は銃を地面に置き、バックから何かを取りだそうとする。

 

「足、撃たれてるな。それ以外は、まぁだいじょうぶだろ。腕は、他の誰かにやられたか?待ってろ。今、手当するから。」

 

 そう言うなり、バックから水を取り出し、傷口を洗い始めた。どうやら、本気で手当するようだ。けれど、なぜなのだろうか。

 

「…藤村くん。一つ聞きたいことがあるんだけど。」

 

 そんな楓の言葉に、賢二は「何?」と返す。その声色は、今までとはまったく違っていた。言うならば、優しくて、温かみを感じるほどの声。いつもの賢二と何ら変わらない声。

 そんな賢二の変化に驚きつつも、楓は疑問をそのまま口にした。

 

「霧崎くんを…殺した?」

 

 瞬間、賢二の手が止まるのが分かった。

 

女子15番 三浦美菜子 死亡

[残り15人]

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