確信

 

「…どうして?」

 

 そう質問で返す藤村賢二(男子16番)の口調にわずかながら動揺が含まれていたのを、矢島楓(女子17番)は聞き逃さなかった。

 

「さっき、銃をなぎ払うのに使ったの。あれって、ヌンチャクでしょ?それを私は一度、霧崎くんが持っていたのを見てる。それは元々、霧崎くんの至急武器だったはず。それをどうして…藤村くんが持っているの?」

 

 先ほど、三浦美菜子(女子15番)の銃をなぎ払うのに賢二が使ったもの―楓にはそれがヌンチャクに見えたのだ。それは、楓が一度会った霧崎礼司(男子6番)が持っていたもの。それを賢二が持っているということは―必然的に想定できる仮説。

 

 礼司を殺したのは、賢二であるという仮説。

 

「…同じものを支給された可能性や、どこかの民家で拾った可能性だって…あるんじゃないのか?」

 

 答えを濁す賢二の言葉を聞いて、楓はますます確信した。もちろん、賢二の言っている可能性も分からなくはないのだが、その言葉に対する回答も、既に導き出されていた。

 

「栗井せ…担当官が言っていたよね?武器はそれぞれ違うものが入っているって。あれって、裏を返せば“同じものは一つもない”ってことじゃないかな?それに、ヌンチャクがたまたま民家にあるとも思えない。一番考えられるのは…」

 

 そこで一端言葉を切る。賢二の様子にさほどの変化がないことを確認してから、もう一言口にした。

 

「何らかの形で、持ち主が変わったってこと。」

 

 すると、賢二は大きく息を吐いた。フーっという息が漏れる音が、やけに大きく聞こえる。まるで疲れ切ったような、そんな溜息だった。

 

「もしそうだと言ったら…俺を殺すのか…?」

 

 すぐに首を振る。そうする意志も、理由もない。ただ、そうならばもう一つ、確認すべきことがあった。

 

「なら、もう一つだけ教えて。荒川さんを殺したのも…藤村くんなの?」

 

 楓の足元を照らす懐中電灯の光が、賢二の表情の変化を映し出す。白いカッターシャツに浮かぶ痛々しい右肩の傷と、苦虫を噛み潰したような表情がひどく印象的だった。

 

「…そうだよ。俺は、霧崎や荒川さん、さっきの三浦さんも含めて…もう七人も殺している。」

 

 ひどく言いにくそうに、ひどく沈んだ声で、賢二はそう答えた。楓もそれ以上追及できずに、「そう…。」と返すだけに留めた。それからはどちらともなく黙りこみ、沈黙した空気が流れる。

 しかし手のほうは止まることなく動いており、気づけば手当は終わっていた。撃たれた傷口を水で洗った後、持っていたハンカチを巻いて、ギュッと結んだ簡単なものではあったが。

 

「…多分、これで大丈夫。といっても、水で洗って布巻いただけなんだけどな。」

 

 よしっと小さく呟く賢二には、人を殺した面影は感じられない。本当に、彼は七人も殺したのだろうか。そんなことを考えてしまうほど。

 

「俺も…矢島さんに一つ聞きたい。手錠を外すのは…それからでいいかな?」

 

 コクリと頷く。こちらの質問に正直に答えてくれたのだから、それなりに返さなくてはいけないだろう。手錠をしたままというところだけは、いささか不愉快であったが。

 手当を終え、不要となった懐中電灯を消してから、賢二は口を開いた。

 

「霧崎の口からも…矢島さんの名前が出た。二人に何があったんだ?どうして、霧崎と同じようなことを聞くんだ?」

 

 賢二の口から出たのは、さっきの質問に対する疑問だった。正直、話しても楓の方はかまわない。が、問題は礼司の方。

 

 賢二は、礼司のことをどれくらい知っているのだろうか。そもそも、二人はどういう状況で会話をしたのだろうか。礼司は、荒川良美(女子1番)の仇が賢二だと知ることはできたのだろうか。賢二は、礼司が良美のことを好きだったということを知っているのだろうか。

 

 そして礼司は、どうして楓の名前を出したのだろうか。

 

 礼司は既に死んでしまっている。けれど、いくらこの世にいないからといって、個人的なことまで話していいものだろうか。

 

「霧崎くんと…何を話したの?」

 

 質問に質問で返すようなことをしてしまったが、考えた末の返答であり、探りを入れる形でも必要な言葉だった。

 

「何って…」
「霧崎くんは…あなたにどこまで話したの?」

 

 それが分からないことには話せない。そう、暗に匂わせた言葉。

 

「何って…、何人殺したとか、誰を殺したのかとか…。あと、どうして荒川さん殺したのか…とか。」

 

 どうやら礼司は、賢二が良美を殺した仇だと知ることはできたようだ。おそらく戦闘になった末に、礼司は賢二に殺されたのだろう。

 

「そう…」

 

 何とも言えない、複雑な気持ちが広がる。仇が判明したら、そして出会ってしまったら、礼司はその仇を殺そうとするだろう。ならばもちろん、ただでは済まないだろうとは予想はしていた。最悪の場合、殺されてしまうだろうということも、心のどこかで分かっていた。

 そして、その相手が賢二ならなおさらだ。この二人は、運動神経においてはほぼ互角であり、自他共に認めるライバルなのだから。

 

「霧崎は…荒川さんのこと、どう思っていたんだ?」

 

 賢二の質問が、確信へとせまる。鈍感らしいということは、谷川絵梨(女子8番)から聞いていたので知ってはいたが、どうやら賢二は礼司が良美のことを好きだったことを未だに知らないようだ。普通ここまで言ってしまえば、いいかげん察してもよさそうなものだが、どうやらそこまで思考が及んでいないらしい。

 

「わからないわ。」
「わからないって…」
「私は、そこまで聞いていないから。」

 

 たぶん、話してもいいのだろう。けれど、何となく止めておいた。そう、何となく。

 

 その代わり、礼司と交わした会話の一部始終、楓が二人を殺した事実も含めて、全て話した。礼司が良美を好きだった―その事実だけを除いて。要は、そこまで聞いていないということで話せば、伝える事は案外容易だった。

 

「そうだったのか…。」

 

 どうやら賢二は納得してくれたようだ。失礼な話だが、これが頭が良くて鋭い横山広志(男子19番)や、それこそ白凪浩介(男子10番)だったら、こうはいかなかったかもしれない。賢二が案外鈍くてよかったと思ってしまった。

 

「矢島さんも…二人殺していたんだな。」
「うん…、まぁ今では後悔してるけど。」
「そうか。その気持ちは分かる気がする…って言ったら失礼だな。」

 

 たった今、人を殺した俺にはそう言う資格はないから―そう言っているように聞こえた。

 

「でも、分かったよ。なんで霧崎が、矢島さんに手を出すなって言った理由。」

 

 いきなり予想していないところから話が始まる。「え?」と小さく呟くと、賢二はすらすらと話してくれた。

 

「最期にさ、霧崎は、矢島さんには手を出すなって言ったんだ。どうして、仲のいい横山じゃなくて矢島さんだったのか―ずっと疑問だった。」

 

 死ぬ間際、礼司は友人ではなく、楓の身を案じた。初めて聞くその事実は、楓を驚かせるには十分すぎた。

 

「多分、矢島さんに恩を感じていたんだ。だから、矢島さんの命を少しでも助けようとしたんだよ。」

 

 もう会えない礼司の最期の優しさ。友人の形見すら受け取らなかった礼司が見せた、人間らしい優しさ。その優しさが、じんわりと胸にしみこんでいく。

 

――私…、ただ銃を渡しただけなのに…もしかしたら、そのせいで死んだかもしれないのに…。どうして私のことを気にかけてくれたの?救われたのは…恩を感じるべきなのは…私の方なのに…。

 

 礼司の優しさに触れて、とてつもなく自分が嫌な人間のように思えた。自分のためだけに人を殺し、今度は自分のために友人を探そうとしている。自分はいつだって、人のことを考えてなどいない。

 

――私、晴海がいなかったら、もしかしたらプログラムに乗っていたかもしれない…。自分だけが悲劇のヒロインであるかのように、世の中を恨みながら、何のためらいもなく、罪悪感もなく殺したのかもしれない…。

 

 そのとき、両手にかけられた手錠が解かれた。いきなり両手が自由になり、思わずさすりながら上半身を起こす。

 

「これは、返すよ。」

 

 そんな楓の前に、賢二は何かを置いた。恐る恐るそれを拾い上げる。何度もさすっていくうちに、それは銃で、しかも礼司 に渡したシグザウエルだと分かった。

 

「どうして…。」

 

 返す義理はない。賢二がそのまま持っていればいい。正直なところ、あまり受け取る気にはなれなかった。

 

「元は矢島さんが持っていたものだから。その方が、霧崎も喜ぶんじゃないかと思って。ヌンチャクと三浦さんの銃、それと手錠はもらってく。それで十分だ。」

 

 改めて銃をマジマジと見つめる。約一日ぶりに手にするその銃が、やけに重く感じられた。

 

「あ、ありがとう。」

 

 礼を言うべきか悩んだが、やはり告げることにする。少なくとも賢二は、礼司の気持ちを汲んでくれているのだから。

 ふと、気になったことがあり、賢二に聞いてみることにした。もしや―という、淡い淡い期待を込めて。

 

「あ…あのさ、他に、誰かに会った?晴海とか、絵梨とか明日香とか、萩岡くんとか…あと…白凪くん…とか…。」

 

 最後の名前を口にした途端、体温が上昇するのが分かる。心なしか、心拍数が上昇している。暗闇なのが幸いしているおかげで、真っ赤になった顔は賢二には見えていないはずだ。

 そんな楓の質問に、すぐに賢二は答えてくれた。

 

「古山さんや谷川さん、あと月波さんには会ってない。けど、萩岡と白凪には会った。」

 

 期待した通りの回答が返ってきて、思わず身を乗り出す。「いつ?どこで?」という声も、どこか上ずっていた。

 

「白凪は昨日の朝。場所は若山と岡山の遺体があったところ。多分、矢島さんと霧崎が去った後だと思う。萩岡はそのもう少し後。場所はちょっと…覚えてない。二人ともやる気じゃないみたいだ。…実は二人に対して、撃ったりしてしまったんだけど、今も生きているなら大きな怪我はしていないと思うし…。」

 

 朝となると、大分前の話だ。場所はもはや参考にならないだろうが、少なくとも二人がやる気ではないことが分かって、心底ほっとした。(それと同時に、攻撃した賢二に対して少しだけ怒りの感情も覚えたのだが)

 

「そっか。ありがとう。ごめんね、変なこと聞いて。」
「いや、別にいいんだけど…。古山さんとかは分かるけど、萩岡と白凪はどうして?」

 

 どうして、大して親しいわけでもない二人の身を案じるのか。賢二の疑問は、誰もが納得できるほどひどく的確なものだった。

 

 心臓が、一回だけトクンと音を立てる。名前を聞くだけで、その表情を思い出すだけで、楓の鼓動はますます速くなる。今まで感じたことのない感情。晴海を想う気持ちとは、まったく違うもの。

 

『なんていうのかな…。一言じゃ言えない感じ…。改めて言われると、困ってしまうな…。多分、理屈じゃないとは思うんだけど…。』

 

――今なら分かるよ。きっと霧崎くんは、荒川さんに対してこんな気持ちを抱いていたんだね。理屈じゃないんだ、この気持ちは。

 

「できることなら、これからは萩岡くんにも白凪くんにも、手を出さないで欲しい。萩岡くんは白凪くんの大切な友達だし、 白凪くんは…私にとって…その…特別な人だから…。」

 

 言葉として告げると、なおのこと体温が上昇する。頬に手を当てると、じんわりと熱が伝わってくる。きっと鏡で見たら、今まで見たことのない表情をしているのだろう。

 賢二は、そんな楓の気持ちを知ってか知らずか、至って同じ調子でこう答えた。

 

「俺は、もう無差別には殺さないって決めたんだ。萩岡にも、白凪にも、もちろん古山さんや、谷川さんや月波さんにも手は出さないよ。向こうがやる気じゃない限り。」
「やる気じゃない限りって…やる気の人間は殺すってこと…?」

 

 返答に引っかかるところがあり、思わず即座に聞き返す。すると賢二は、少しだけ小さな声でこう答えていた。

 

「俺は…もう七人も殺している。その中には、霧崎や荒川さんといった、やる気じゃない人間にまで手をかけたんだ。俺の手はもう…汚れているんだよ。ならせめて、萩岡や白凪みたいな、やる気じゃない人間が生き残れる確率を上げたいって思ったんだ。」

 

 そこで一度、言葉が切られる。一瞬だけ訪れた静寂には、なぜかズシンとした重い空気が漂っているように感じた。

 

「一度手を汚した人間は、もう元には戻れないから。」

 

 それは事実であり、戻れない過去の過ち。過去は変えられないように、その事実は決して消えない。消えないからこそ、その事実をも抱えて生きていかなくてはいけない。その上で、これからどうするかを考えなくてはいけない。

 

 楓の胸が、ズキンと痛んだ。

 

「私は…?」

 

 思わず口をついて出た疑問。賢二が小さく「え?」と言ったが、それにもかまわず続きを口にした。

 

「私は…二人も殺している。私は、やる気の人間じゃないの?どうして、私は殺さないの?」

 

 その言葉は、自身の首を締めるようなものなのに、聞かずにはいられなかった。美菜子はあっさり殺して、自分は手当てまでしてもらっている。美菜子と同類だとは思われたくないけど、それでも人を殺した―それも、自分勝手な理由で殺したことに変わりはないのだ。

 

「人のこといえた立場じゃないけどさ。後悔、しているんだろ?」

 

 今までで一番優しい声で、賢二はこう答えた。まるで、楓を労るかのように。

 

「それに約束したから。君には手を出さないって。」

 

 その言葉を聞いた途端、何かがこみ上げてくる。目頭が熱くなり、泣きそうになっているのだと分かった。これまでの人生で、泣いたことなど滅多にないというのに。

 きっと、自分はたくさんの人に救われている。賢二や礼司や、間接的に若山聡(男子21番)に救われて、晴海には人間らしい感情を教わって、浩介には今までにない感情を教わって―

 

――人って、一人で生きていないんだね。色んな人と関わって、たくさんの人に救われて、初めて生きていけるんだ。そんな当たり前のこと、やっと…やっと気づいたよ。

 

「それじゃ、そろそろ行くよ。矢島さんも気をつけてな。」

 

 いつのまにか準備を終えた賢二が、別れの言葉を口にする。その言葉を聞いた途端、思わず引き留めていた。

 

「待って!よかったら一緒に行動しない?」

 

 あまりに意外な言葉だったのか。賢二は「どうして?」と不思議そうに呟いていた。楓自身にしても、なぜかと聞かれれば答えにくい。けれど、一緒に行動してもいいと思ったのは、紛れもない事実だ。

 

「今は、やる気じゃないんでしょ?だったら藤村くんのこと信用できる。二人でいれば、きっとみんな信用してくれるよ。それに、やる気の人間だけ殺すなんて…そんな悲しいこと、一人で背負うことないよ。もっと自由に、好きに生きたっていいんじゃない?きっと…霧崎くんもそう思っているよ。」

 

 礼司が本当にそう思っているか定かではないが、とにかく―そう言った。

 

 賢二は立ち止まったまま、すぐには返事をしなかった。そのとき吹いた風の音が止んで、しばらくしてから、小さな声でこう告げた。

 

「…ありがとう。その気持ちだけで十分だ。」

 

 それだけを告げた後、賢二はゆっくりと歩き出した。草木を踏みしめるカサッという音が、やけに大きく聞こえる。暗くて分からないけど、賢二が少しだけ笑ったような気がした。

 

 楓の元から去っていく背中―その姿は、どこか礼司と被って見えた。

 

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