観察眼と第六感の共通認識

 B-5の一角。生い茂っている草の上に寝転んでいる江田大樹(男子2番)は、ずっと考え事をしていた。首輪を外す方法、死んだクラスメイトについて、そして今生きているクラスメイトについて。

 四回目の放送の後、横山広志(男子19番)と少し喧嘩っぽいことをした後(といっても、一方的に大樹が気持ちを吐露して、広志がそれに対して喝を入れただけなのだが)、やはり夜なので身体を休めようということになったのだ。先に広志が休んで(その間にまた銃声がした、移動も視野に入れたが今は保留となっている)、今は大樹が横になっている。正直なところ、眠れるような心境ではなかったのだが。

 

「寝れないのか?」

 

 そんな大樹の心境を察したのか、広志が話しかけてきた。その声色は、放送の後言い合いをした時よりも、随分柔らかいものだった。

 

「なぁ…横山…」
「あのさ…」

 

 大樹が思ったことを口にしようとした時、珍しく広志が口をはさんできた。

 

「いいかげんさ、名字で呼ぶの止めないか?これだけ一緒にいるんだし、いわば同志というか仲間なんだからさ。俺の名前、広志って言うんだよ。“広い志”と書いて、広志。クラスでは…礼司や聡くらい、あとは…サッカー部の連中しか呼ばないけど。」

 

 思わぬことを言われ、面喰ってしまう。大樹には、名前で呼ぶような人も、呼んでくれるような人もいない。乙原貞治(男子4番)とも、名字で呼び合っていたままだったから。一度も“貞治”と呼ばないまま、もう会うことは叶わなくなってしまったから。

 どこか寂しい気持ちと、恥ずかしい気持ちが存在していたのも事実だったが、それよりも今さらながら“仲間”と呼んでくれたことが、何よりも嬉しかった。

 

「…広志。」

 

 初めて口にする人の名は、やはりどこか恥ずかしかった。

 

「…大樹。あ、すまん。さっき何か言おうとしていなかったか?」

 

 あぁと思い出し、さきほど中断した言葉の続きを口にした。

 

「今さらだけどさ…、今生きているみんなで脱出って…難しいよな…。」

 

 技術的な問題ではなく、気持ち的な問題でだけど。そう、暗に含ませて。

 

「まぁ…そう…だな。完全にやる気の奴は、このプランには乗らないだろうしな。」

 

 白凪浩介(男子10番)の情報で、藤村賢二(男子16番)がプログラムに乗っていることは知っている。しかし、それ以外には何も知らないのだ。少々不安が残るところである。

 

「そう…だよな。藤村…、乗っているもんな。乗っている奴は、このプランには乗ったりしないだろうしな…。」
「いや…俺は、藤村が完全にプログラムに乗っているとは思っていない。」

 

 思わぬ広志の返答に、「どうしてそう思うんだ?」と聞き返す。すると広志は少しだけ間を置いた後、こう答えていた。

 

「白凪も気づいているかもしれないが…。藤村が、結果的には白凪を見逃した形になっただろ?本気で殺すつもりだったなら、疑問なんか口にせずに即座に殺そうとするはずだ。現に、藤村は銃を持っていたらしいしな。そこで思った。もしかしたら藤村は、何か理由があって、白凪を問答無用で殺せなかったんじゃないのかってな。そこで藤村の言った言葉の意味、もう一度考えてみた。」

 

 広志の言葉につられるかのように、大樹ももう一度思い出す。黙っていると、広志が続きを口にしてくれた。

 

「“どうして、教室で俺を止めた?”。藤村はこう言ったんだよな。仮に白凪が止めていなかったら、藤村もあの場で死んでいた可能性が高い。“あの時死んだ方がよかったんだ”とか言っていたが、実際はそのことで少しばかりの恩を感じているじゃないのかってな。そしたら、さっきのことも説明がつく。そして恩を感じていること自体、非情になりきれていない証拠だ。もしかしたら、今はやる気じゃないかもしれない。まぁ、だからといって油断はできないけどな。」

 

 そう。今の今まで忘れていたが、藤村賢二という人間は、普段の態度から考えたら、おおよそプログラムに乗りそうにない人間だ。明るくて、熱血漢で、―そう、どこか萩岡宗信(男子15番)に似ているなと思ったこともある。その賢二が、少なくとも浩介には乗っていることを公言した。その真意は―

 

「藤村が乗ってしまったのは…やっぱり里山のことが原因なのかな…?」
「…だろうな。俺も、普段の態度からなら、藤村が乗るだなんて到底思えない。となると、やはり里山がくじで選ばれて死んだことだろうな。おそらく、あれで逆恨みをしてしまったんだ。もしかしたら、あの後何か爆発するような出来事があったかもしれない。」

 

 そう思うと、悲しくなる。少なからず賢二は、政府に“乗せられてしまった”人間なのだから。

 

「藤村は、俺が思うにこんな感じだ。あと男子に関しては、白凪はもちろん、萩岡も信用してもいいと思う。何せ白凪には会っているし、萩岡が乗るとは思えないからな。あと男子は、神山と窪永、それと文島か。正直、この三人は無条件では信用できないといってところだが…、大樹はどうだ…?」
「俺も似たような感じだけど…。そういえば、窪永は霧崎と同じ陸上部じゃないのか?やっぱり…窪永は信用できないのか?」

 

 広志の友人であった霧崎礼司(男子6番)と同じ陸上部である窪永勇二(男子7番)。この二人が犬猿の仲だということは大樹も知ってはいるが、でも同じ部活に所属しているのだ。ほんの少しは仲間意識はあるのではないか―そう期待したかった。

 

「あぁ…。これは俺じゃなくて礼司が言っていたことなんだが、窪永は何度か陸上部の面々と衝突しているらしい。何で自分が選抜に選ばれないのかってな。純粋に実力で選んでいるらしいが、それでも窪永は納得できなかったみたいだ。礼司とは種目そのものが違うから、部活上では直接争うことはなかったけど、その現場を見ているから礼司もあまりいい印象を持っていない。その影響か、クラスでもいがみ合うくらい犬猿の仲になってしまったんだ。俺は礼司からしか話を聞いていないから何とも言えないけど…少なくともプログラムに乗っていてもおかしくないとは思っている。」

 

 少し言いにくそうに話す広志の言葉を聞いて、大樹は何となく納得した。確かに、それなら信用できないと思っても無理はない。それに大樹にしたって、勇二とはほぼ関わりがないのだ。信用できる材料は存在しない。

 それと同時に思った。やはり自分は、クラスメイトのことをあまり知らないのだと。

 

「女子は…どうだろう…。」

 

 わざと話の矛先を変える。女子で残っているのは、宇津井弥生(女子2番)香山ゆかり(女子3番)古山晴海(女子5番)谷川絵梨(女子8番)月波明日香(女子9番)間宮佳穂(女子14番)三浦美菜子(女子15番)、それと矢島楓(女子17番)の八人。

 さすがに、不良グループである美菜子は無条件には信用できない。楓に関して言えば、いじめられた過去があるらしいので、これこそ逆恨みしそうなものだ。けれど、約二ヶ月間楓の隣に座っていた大樹には、彼女が無差別にクラスメイトを殺すなんて到底思えなかった。それは友人である晴海らの存在や、教室を出ていく際に里山元(男子8番)を弔ったことが少なからず影響していたかもしれない。あと、浩介の想い人だということも。

 

「大樹は…どう思う?お前の意見が聞きたい。」

 

 広志の言葉に、少しだけ頭の中を整理する。しばらくしてから、正直な意見を述べた。

 

「古山さん、谷川さん、月波さん、あと香山さんは乗っていないと思う。あ、あと間宮さんもだ。三浦さんは、やはり不良ということもあるから、正直無条件には信用できない。矢島さんはいじめられたらしいから、逆恨みしてもおかしくないとは思うけど、俺には乗るような人だとは思えない。あと…宇津井さんだけど…。」

 

 一端言葉を切る。唇をなめて、少しだけ口を開くことを躊躇する。ショートカットで、大樹と同じ出席番号の女の子。クラス委員で、三年一組の姉御肌。本来なら、女子で一番信用してもおかしくない人。

 

「正直…宇津井さんは怖い…。」

 

 いつもどこかで感じていた。弥生の態度の不自然さ。確信があるわけではない。これは、いわば“勘”に近いもので、“第六感”というやつだろう。それでも大樹にとって、宇津井弥生という人物は、ある意味美菜子よりも恐ろしい存在なのだ。

 

「なんでかって言われたら…はっきり言えないけど…でもなんか怖いんだ。いつもの姿が、たまに演じているように見える。“頼れる人”にわざと見せている気がするんだ。そんでさ、腹の中では笑っているような気がするんだ。“みんな騙されちゃって馬鹿みたい”って。だから正直、プログラムに乗ってもおかしくないんじゃないかって…。もしかしたら、もう誰か…」

 

 正直に吐露してから、あっと思った。今まで誰も進んでは乗っていないことを信じていたのに、もうその気持ちは揺らいでしまっている。心の底では、弥生が人を殺した―それも進んで殺したことを考えている。これではダメではないか。脱出するためには、みんなを信じなくていけないのに。

 そして広志は「うちのクラスの姉御肌が、乗るわけないだろ。」と言うのだろう。きっと賛同はしないだろう。これは大樹の勝手な意見で、何も根拠はないのだから。

 

「宇津井さんに関して、そう思っているのは俺だけだと思っていたけど…そうか。」

 

 しかし次に広志が口にした言葉は、“否定”ではなく“同調”だった。

 

「大樹もそう思っているなら、やはり無条件に信用しないほうがいいかもな。あと、俺も大樹の意見にほぼ賛成だけど、矢島さんに関してだけはもう少し警戒しているといったところだ。やはりいじめられたというのは、この状況下でどう影響するかわからないからな。古山さんの存在が、かなり重要な気がする。まぁ彼女に関しては、俺より隣に座っている大樹の方が、よく知っているだろうけどな。」

 

 そうかもしれない。そう思いながら、頭の中でずっと気になっていたことがひょっこり顔を出してきた。今まで考えることを避けてきたけれど、思いきって口にすることにした。

 

「ずっと気になっていたことがあるんだけどさ…。」
「何だ?」

 

 少しだけ躊躇した後、思いきって続きを口にした。。

 

「俺が出発する前、銃声が二回聞こえたんだ。正直俺怖くてさ…、すぐ学校から離れてしまったし。ずっとそのこと考えないようにしてたんだけど…。そのときさ、よこ…広志はもう出発していただろ?何か、そのことについて知っているか?」

 

 少しの間黙ってから、広志は口を開いた。

 

「いや、俺もその銃声は聞いたけど、そのときにはもう…学校から大分離れていたから、何も知らないんだ。」

 

 あれは一体誰だったのだろう。銃声は二発した。その銃声で、誰かが死んでしまったのだろうか。その後の放送で呼ばれた宮前直子(女子16番)もしくは松川悠(男子18番)が、そのとき死んでしまったのだろうか。

 あの銃声時に出発していて今も生きているのは、もう広志と楓と、あと文島歩(男子17番)しかいない。広志以外の誰か、それは今生きているこの二人か、それとも既に死んでしまった誰かか。浩介のこともあるから、楓が撃ったなんて思いたくないけど、なら歩なのかと言われればそれも違う気がする。もしかしたら、あれは故意ではなく事故のようなものだろうか。それとももっと別の―

 

「あんまり考え込みすぎるなよ。」

 

 計ったかのように、広志が声をかけた。

 

「さっき話したことも、全部推測にすぎないんだ。それに囚われて身動きできないってのが一番マズイからな。とにかく、何が起こっても対処できるようにしておく必要がある。正直、もう何が起こってもおかしくないと思う。今まで乗っていない人間が乗る可能性だって十分あり得る。何せ…もう人数は大分減ってしまったからな。」

 

 もう、残りは多くて十六人。今まであまり危険な目に遭っていない大樹と広志だけど、もちろんこれからは誰かに襲われる可能性だってある。これからは、五体満足ではいかないかもしれない。命の危機に晒されるかもしれない。

 けれど、やるべきことはいつだって変わらない。脱出する決心は、もう揺らいだりしない。

 

『やるだけやんなよ。そう、決めたんでしょ?』

 

「そうだな。俺達は、俺達でやれること、やろう。」

 

 すると広志は「もちろんだ。」と、力強く返事をしてくれた。

 

[残り15人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system