第五回目放送〜すれ違う想い〜

 

「時間になったので、放送を始める。まずは今回の死亡者の発表だ。男子がなし、女子は15番三浦美菜子ただ一人、以上残りは十五名だ。禁止エリアは七時からC-3、十時からB-5、十一時からG-2だ。朝になったから大分行動もしやすいだろう。だが残りも少ない、警戒心は怠らないように。では、放送を終わる。」

 

 たった今禁止エリアに指定されたC-3にある小屋に身を潜めていた月波明日香(女子9番)は、ひどく焦った様子で隣にいる谷川絵梨(女子8番)に声をかけた。

 

「絵梨!あと一時間でここ禁止エリアになっちゃうよ!」
「大丈夫よ。一時間以内に出ればいいんだから。」

 

 そんな明日香の動揺にも、絵梨は冷静に切り返した。その姿は、いつもの頼れるしっかり者という感じであった。明日香から見て、絵梨はこんな状況でもいつもと変わらないように見えていた。

 

 明日香と絵梨は、最初からずっと行動を共にしていた。出席番号は並んでいるし、間には害のなさそうな佐野栄司(男子9番)であったので、明日香は絵梨が待っていてくれていると信じていた。そしてその通り、絵梨はすぐ近くで待っていてくれた。けれど、明日香が何か言う前に、絵梨が明日香の腕を掴んでいたのだ。

 

『近くにいるわ!急いで離れるわよ!』

 

 ひどく焦った様子で明日香の腕を引っ張り、学校から遠ざかるかのように離れていた。何が何だが分からない明日香には、どうして絵梨がそこまで焦っているかわからなかった。しばらく走ってここに隠れてから、近くに栄司と松川悠(男子18番)が潜んでいることを告げられたのだ。

 それからずっと、この小屋から一歩も出なかった。時折遠くから銃声が聞こえていたし、放送のたびにどんどんクラスメイトが減っていることを告げられていたが、至って二人は何事もなく二日目の朝を迎えていた。

 

「でも何かあるといけないから、早めに移動しよう。明日香、荷物まとめておいてね。」

 

 絵梨に言われるがまま、荷物をまとめ始める。明日香にしても、なるべく早く禁止エリアから離れたかった。水や食料をデイバックに入れて、右手には文鎮(これが明日香の支給武器だ。果たして役に立つのだろうか?)を持つ。

 互いに準備が終わったところで、目の前のドアを開ける。開けた瞬間、久しぶりに見る外の景色に思わず目を細めた。

 

――よく考えたら、一日ぶりに外に出たんだ。みんな…どうしているんだろう?

 

 四回目の放送の後、絵梨と今生きているクラスメイトについて少しばかり話をした。不良グループである三浦美菜子(女子15番)は信用できないとか、男子は基本的に誰も無条件では信じないなど。その時、絵梨はひどく言いにくそうにこう言ったのだ。

 

『もしかしたら私、晴海や楓のことも…信用できないかも…。』

 

 そんな絵梨の言葉には、『まぁ…無理もないよね…。』と返すに留めたが。

 

 実のことを言うと、古山晴海(女子5番)はともかく、矢島楓(女子17番)のことを、明日香は始めから信じていなかった。一応友人をやってはいるものの、あまり楓に対していい印象を持っていないのだ。いじめられていた過去から、明日香や絵梨を含む全員を殺そうとしているのではないか―実はそこまで考えていた。さすがにこの推測は、絵梨には話していない。

 

 周囲を警戒しながら、慎重かつ急いで歩を進める。誰もいないようだが、もちろん油断してはならない。現に、クラスメイトはもう十五人しか残っていないのだ。絵梨が晴海や楓のことを信じられなくなっているのも、たった一日でここまで減ってしまったからだろう。やる気の奴は確実に存在する―そう思わせるには十分すぎるほど。

 けれど明日香には、その十五人の中に一人だけ、無条件で信じられる人物がいた。親しいわけではない。明日香が一方的に想いを寄せている人物。その人物は、まだこの島のどこかで生きている。この想いは、絵梨にも話していない。その人物には、他に好きな人がいることを分かっているからだ。それも、自分の身近に。

 

――けど…会いたいな。ほんの少しでいいからさ。

 

 気まぐれな神様が引き合わせてくれることを願いながら、静かに移動する。三十分くらい経ったところで、前を歩いている絵梨が、ふいに足を止めていた。

 

「これでC-3は抜けたはず。今はC-4かな。とにかく、また隠れるところ探そう。」

 

 そんな絵梨の提案に頷きつつ、隠れられるところはないか目をこらす。今いるところは、雑木林の中ではなく、少しひらけた広場みたいなところだった。といっても、木があまりないだけで、何の変哲もない場所に変わりはないだけれども。

 すると、視界の端に誰かが立っているのを見つけた。

 

「絵梨。」

 

 その言葉だけで、絵梨は何が起きたか理解したようだ。明日香の視線を追う形で、その人影を目にする。さりげなく動いて、明日香のその人物の間に立つような形になった。

 その人物もこちらに気付いたのか、ゆっくりと歩み寄ってくる。黒い学生服、比較的高い背丈、斜めに流した前髪。残り八人の男子の中の誰なのか、頭の中で照らし合わせてみる。次第にもしやという期待が高まってくる。

 

「谷川さんと…月波さんか。二人とも、無事みたいでよかったよ。」

 

 ひどく優しい声でそう告げた“彼”は、まぎれもなく明日香が会いたかった人物だった。

 

「白凪くんね。…一人なんだ?」

 

 そんな明日香の心境を知らない絵梨は、少しばかり突き放すかのような声色で、“彼”にそう告げた。

 

 今、五メートルほど離れた距離に立っているその“彼”こそ、明日香が無条件で信じられて、秘かに想いを寄せる人物―白凪浩介(男子10番)に他ならなかった。浩介が無事だったことも、そして自分のことを心配していてくれたことも、明日香にとっては飛び上がるほど嬉しいことだった。

 

「まぁ…ね。間があいていたから、宗信は待たなかったんだ。何人か会ってるけど、基本一人だね。二人は、ずっと一緒だったんだ。」

 

 感動の再会の場面だというのに、ひどく張りつめた緊張感が漂う。浩介は、なぜか一向に距離を詰めてこようとしない。なぜ、こんなに牽制しなくてはいけないのか。明日香にはまったく理解できなかった。

 そして絵梨が次に告げた一言は、明日香にとっては信じがたいものだった。

 

「悪いけど、私はあなたを信用できない。このままどこかへ行ってくれないかしら。」

 

――え?

 

 絵梨の告げた一言が信じられなくて、明日香は思わず叫んでいた。

 

「何言ってんの?白凪くんはやる気じゃないじゃない!やる気だったら、とっくに私達に向かって攻撃してくるはずよ!」
「分からないわよ。現に、私だって銃を持っている。反撃されないように、わざと先に声をかけた可能性だってあるんじゃないかしら?」

 

 そう、絵梨の支給武器は銃(ブローニングハイパワー)だった。それは今でも絵梨が持っており、交代で見張りをやるとき以外、明日香は持ったことがない。

 

「まぁ…無理もないよな。いいよ月波さん、疑われても仕方がないよ。この状況じゃ。俺も信用してくれとは言わない。けど、一つだけ教えてほしいことがあるんだ。」

 

 浩介が教えてほしいこと―それが何なのか、明日香には分からなかった。いや、本当は何となく予感していた。けれど、それは当たってほしくなかった。違ってほしかった。

 

「宗信か、矢島さん。もしくは…古山さん、見てないか。」

 

 浩介が告げたその一言は、明日香の予想が的中したことを意味し、そして一番信じたくない可能性がより真実味を帯びた瞬間でもあった。

 

――どうして…どうして楓を探しているの…?萩岡くんは分かるし、萩岡くんが好きな晴海を探していることも分かるけど…、どうして、どうして楓を…?やっぱり…白凪くんは…楓のこと…

 

 ずっと前から気づいていた。浩介は、楓のことが好きなのだろうと。何となく分かっていたのに、それをいざ告げられると、やはりショックは隠せなかった。自分は浩介の恋愛対象ではないと分かった今、この恋は諦めなくてはいけない。それを受け入れなくてはいけないのに、上手く飲みこみきれない。

 

 どうして楓であって、自分ではないのだろうと。そう思う自分がいる。

 

「誰にも会っていないし、見てもない。白凪くんが初めてよ。」

 

 そんな明日香の心境を知らない絵梨は、至って同じ調子でこう返していた。明日香が浩介に想いを寄せていることは、長いつきあいの絵梨ですら知らない。この対応は、至極まっとうなものだった。

 

 けれど、次第に明日香はイライラしてきた。

 

――何よ。私の意見なんか無視しちゃって。大体、私は学校出たとき、次に出てくる白凪くんを待とうと思っていたのに、さっさと連れていっちゃってさ。絵梨のせいで、今まで会えなかったんじゃない!

 

「まぁ、無理もないか。礼と言っちゃなんだけど、俺の知っている限りの情報を教える。それが済んだら、おとなしく去るよ。」

 

 浩介のその言葉は、明日香に焦りを生んだ。

 

――嫌っ!せっかく会えたのに、また別れるなんて!

 

 その想いに反応したのか、身体が動いていた。絵梨と浩介の間に立ちはだかるようにして、絵梨と直接向かい合う。突然の行動に、絵梨は完全に目を丸くしていた。

 

「待ってよ!白凪くんはやる気じゃないじゃない!そんな人じゃないって知ってるでしょ?!一緒に行動したほうがいいに決まっているじゃない!」
「何言ってるの…。分かってないのは明日香の方よ!」

 

 大声で叫ぶ明日香に負けじと、絵梨も声を張り上げて反論する。

 

「もう残り十五人よ!確実にやる気の人間がいるから、たった一日でここまで減るんじゃない!白凪くんがそうじゃないなんて、どうして言えるの!」

 

 絵梨の言っていることは、状況から考えれば決して支離滅裂な意見ではない。けれど、明日香にはそれが分からなかった。

 

「ふ、二人とも…落ち着いて。月波さん、俺のことはいいから。疑われても無理ないって分かっているし…。」

 

 そんな二人を見かねたのか、浩介が少々慌てた様子で止めていた。けれどその声も、二人の耳には入っていなかった。

 

「乙原くん…」

 

 ふいに絵梨がつぶやいた名前。それは四回目の放送でその死が告げられた乙原貞治(男子4番)。それはあまり男子は信用できないと言った絵梨が、“絶対乗っていない”と公言した、男子の中ではただ一人の人物だった。

 

「乙原くんでさえ…死んだのよ…。乙原くんは、絶対乗らない。だったら、やる気の人に殺されたとしか考えられないじゃない!もしかしたら、信じていた相手に裏切られたかもしれないじゃない!その相手が、白凪くんの可能性だってあるのよ!」

 

 絵梨の言っていることは、可能性としてないわけではない。分かってはいるのだ。分かってはいるけれど―

 

――どうしてよ…、どうして分かってくれないの?!

 

「私は、残っている人達を基本的には信じない!白凪くんや萩岡くんも、晴海も楓もよ!明日香以外は疑ってかかるわ!そうしないと、次は私達が誰かに殺されてしまうのよ!」

 

 絵梨のその一言は、明日香にある衝撃を与えた。

 

――私以外は信じないって…。そうして、いつかは私も信じてくれなくなるの…?残りが私達だけになったら、絵梨は私を殺すの…?

 

 絵梨はそんなつもりで言ったわけではない。それが分かっているのに、自分勝手な考えがどんどん浸食してくる。明日香の心の中に、次第に黒いものが広がっていく。今までの絵梨に対する信頼感や友情が、少しずつ崩れていく。

 

「谷川さんも月波さんも落ち着いて。頼むから喧嘩しないでくれ。それに、俺は宗信達を探したい。だからどっちにしろ、一緒に行動はできないんだ。」

 

 おそらく、少しでも円満に解決できるように言った浩介のこの一言が、明日香に決定的な一打をくらわせた。

 

――やっぱり…私のことより、楓の方が大事なんだ。これで私が死んでも、きっと白凪くんは何とも思わないんだ。でも楓が死んだら、きっと泣いて悲しむんだ…。

 

 何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちる。自分勝手な考えがどんどん膨らんでいく。崩壊と浸食。明日香の心の中で、それが繰り返されていく。

 

――嫌よ…。離れるなんて嫌…。楓のところに行かないで…。どうしたら…どうしたら一緒にいてくれるの…?

 

 自分の思い通りにならないこの現実を、明日香は完全に拒絶していた。どうしたら自分の思い通りに事が動くか。そればかりを考えていた。もう冷静な判断能力など皆無に等しかった。邪悪な悪魔の囁きに、そのまま耳を貸してしまうほどに。

 その悪魔の囁きに導かれるかのように、視線を落とす。絵梨が右手に持っている銃が、明日香の目に飛び込んできた。その瞬間、非情ともいえる考えが浮かぶ。

 

――私は、白凪くんと一緒にいたい。そのためには…絵梨が邪魔だ。

 

 その明日香の視線に気づいた絵梨が、銃を咄嗟に背中に隠す。そう、明日香からは見えないように。

 

 それがきっかけだった。

 

 文鎮から手を離す。そのまま絵梨の右腕を掴み、銃をもぎ取ろうとする。絵梨も負けじと抵抗する。見かねた浩介が「やめろ!」と制止に入ろうとした、その瞬間だった。

 

 パンという音がしたかと思うと、時が止まったかのように絵梨の動きが止む。見ると、目の前の絵梨が苦しそうな表情を浮かべていた。そして明日香の手に、少しずつ絵梨の重さがかかっていく。次の瞬間、絵梨が口から血を吐き出した。

 視線を下に動かすと、絵梨の胸には穴が空いていた。そして、そのすぐ手前には銃があった。銃口から煙も出ていた。銃は二人で持っていたが、銃口は絵梨の方に向いていた。そして、引き金に指をかけているのも、その引き金を引いたのも―絵梨ではなく明日香だった。

 

「明日香…どうして…」

 

 それだけを告げた後、絵梨はスローモーションのように崩れ落ちていった。その間、明日香は微動だにできなかった。

 

「谷川さん!」

 

 背後にいた浩介が急いで走り寄ってくる間も、倒れた絵梨を揺すっている間も、明日香はただただ呆然としていた。

 

――私…殺しちゃった…。大事な親友…殺しちゃったよ…。もう…人殺しだ…。

 

 しばらく絵梨の身体を揺すっていた浩介だが、一切反応しない絵梨を見て、唇を噛みしめながら脈を確認していた。そして絵梨の両目を伏せさせた後、ゆっくりと立ち上がる。その雰因気からは、言いようもしれない威圧感が漂ってる。

 

「どうして谷川さんを殺したんだ。」
「違うの…白凪くん…。これは事…」
「何が違うんだ!!」

 

 そう言いながら明日香を睨む浩介の目には、“怒り”や“軽蔑”といった感情が滲み出ていた。こんなに怒りを露わにした浩介など見たことがない。その全てが自分に向けられている事実に恐怖し、思わず一歩二歩と後ずさる。

 

「友達…だったんだろ?!仲が良くて、信頼していたんだろ?!どうしてその友達を殺したんだ!!」

 

 その浩介の言葉も、態度も、漂う空気ですら、明日香には耐えがたいものだった。

 

――どうして分かってくれないの…?私はこんなにも白凪くんのことが好きなのに…。誰よりも好きなのに…。どうして私を拒絶するの…?

 

 絵梨を殺したことと、浩介の非難する言葉で、明日香の理性は少しずつ崩壊していった。もう人殺しになってしまった。それも友人を殺してしまった。好きな人には拒絶されてしまった。逃げ出したい現実が、目の前に突きつけられる。そして本能的に現実から目を背けた。悪魔の囁きが、再び頭の中に響いてくる。

 

 絵梨がいなくなっても、浩介は一緒にいてくれない。自分のものにはならない。

 

――私のものに…ならないなら…

 

 持っていた銃を、浩介に向ける。それまで睨んでいた浩介の瞳に、動揺の色が浮かんだ。

 

「楓のところには行かせない。私のものにならないなら…ここで死んでよ。」

 

 自分でも驚くくらい、冷たい声だった。目の前の浩介は何か言おうとしたが、それも明日香には届かないと判断したのか、右手に持っていた銃を明日香に向けようとした、その時だった。

 

「止めて!!」

 

 その声に反応したのか、銃口を向けようとした浩介の動きが止まる。そして、声の主を見て目を見開いていた。明日香もつられるかのように、第三者の存在を目の当たりにする。

 

――あんた…一体どこまで私の邪魔をするのよ…

 

 その第三者は、明日香が会いたくなかった人物。眼鏡をかけたショートカットの人物。かつての友人であった矢島楓その人だった。

 

女子8番 谷川絵梨 死亡

[残り14人]

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