担当官からの視点C

 白凪浩介(男子10番)が死亡者リストに加わり、残りは十二人となった。

 報告書の氏名欄に白凪の名前を記入した後、栗井孝は今までで一番深い溜息をついた。

 

 運命とは皮肉なものだ。せっかく想いが通じ合えたというのに。

 

 矢島楓(女子17番)と想いが通じ合えたときには、浩介は既にモニター上でその名が点滅するほど重症だった。両想いになれたというのに、生と死が二人を引き裂いてしまったのだ。

 中学三年生。まだ子供と呼ばれる年齢の彼ら。けれど、その子供だって、色々と考えながら生きている。その過程を経て、子供は大人になっていく。それは誰もが乗り越えなくていけない壁であり、それをどう超えていくのかは彼らの自由であり、権利でもある。大人の都合でそれを断ち切ることなど、決して許されはしない。

 それなのに、なぜそんな彼らの未来を奪うようなものが、この世に存在するのだろうか。

 

「栗井担当官。白凪浩介が死亡したことにより、各方面から問い合わせが。」

 

 そう声をかけてきた兵士を、思わず睨んでしまう。一瞬、その兵士の表情が強張るのが分かった。

 トトカルチョ一位が死亡したことにより、かなり人間が金銭面で損をしたはずだ。そのことで、少しでも詳細を知ろうとしているのだろう。その相手が、トトカルチョではまったくのノーマークだった文島歩(男子17番)ならなおさらだ。知ったところで、損した事実に変わりはないというのに。

 

「少し仮眠を取ってくる。問い合わせには、後で返答するとでも言っておいてくれ。」
「しかしそれでは…」
「加害者に当たる文島歩についても、調査中と言っておけばいい。とにかく、適当に理由をつけて電話を切ってくれ。」

 

 その兵士が二の句を継ぐ前に、栗井はその部屋を出た。これ以上、誰かと会話をしたくなかった。

 

 部屋を出て、長い廊下をゆっくりと歩く。学校自体を閉鎖しているため、外の様子はまるで分からない。今日は晴天らしいが、それが雲一つないものなのか、雲がいくらか覆うものなのかすらも知らない。それほどまでに、この空間は隔離されている。

 そのまま教室へと足を踏み入れる。最初にクラス全員を集め、そして出発を見送った教室だ。ガランとした教室には、三十八人分の机と椅子が、今もそのままの状態で放置されている。椅子がきちんと収められているものもあれば、立ち上がったままであろう状態のものもある。それは、それぞれの出発の心境を、そのまま表しているかのようにも思えた。

 その机の主らも、既に三分の二以上退場している。今生きている生徒全員を集めても、学級閉鎖になるくらいガラガラになるだろう。それほどまでに、次々と人が死んでいるのだ。

 教壇に立つ。すると、目の前の箱が目に入った。里山元(男子8番)を選び出した、あの“生贄”のくじだ。本来なら、ここに三十八人分の名前が書かれたくじが入っているはず。おそらく、クラス全員はそう思っていることだろう。

 

 けれど、栗井は確信していた。おそらく―全員分は入ってないと。

 

 箱をひっくり返し、中身を全てぶちまけた。何枚かの紙がバラバラと落ちてくる。その紙を、一枚一枚丁寧に数えた。予想通りだった。

 

 中に入っていた紙の枚数は、三十八枚ではなかった。たったの十九枚だったのだ。

 

 男子は乙原貞治(男子4番)、里山元、佐野栄司(男子9番)鶴崎徹(男子13番)野間忠(男子14番)萩岡宗信(男子15番)米沢真(男子20番)若山聡(男子21番)

 女子は荒川良美(女子1番)宇津井弥生(女子2番)香山ゆかり(女子3番)岸田育美(女子4番)古山晴海(女子5番)佐久間智実(女子6番)芹沢小夜子(女子7番)谷川絵梨(女子8番)月波明日香(女子9番)七海薫(女子10番)日向美里(女子12番)

 たったこれだけだったのだ。

 

 ここで一つの仮説が浮かぶ。

 

 くじを引く目的。一つはもちろん首輪の性能証明。そしてそれに付随して一人死ぬことにより、全員の恐怖心を煽るということ。

 そしておそらく、このくじにはもう一つの意図がある。それは―あわよくばやる気の人間を生み出すこと。

 

 ここに入っている人物は、クラス内に大切な友人、あるいは恋人が存在し、かつ―トトカルチョでは上位に入っていない者ばかりだった。

 

 少し考えれば分かる。いくら首輪の性能を証明させるためとはいえ、白凪や矢島、あるいは神山彬(男子5番)藤村賢二(男子16番)といった優勝候補にここで死んでもらっては、賭けたお偉いさんもガッカリするに違いない。かといって、大した友人もいない文島や津山洋介(男子12番)、あるいは不良達では、最初の目的以上のものは望めないし、下手をすればやる気になってくれているかもしれないのだ。ここで死んでもらっては、プログラムの進行に影響が出る可能性も否めない。

 

――ならば、トトカルチョ上位の者、あるいはクラスに親しい人物に関わりある人物が死ぬことにより、その人物を精神的に追いつめる。そしてあわよくばやる気にさせ、プログラムを円滑に進行する――

 

 ギリッと唇を噛みしめる。少なくとも、今回はその目的を果たせてしまった。里山が選ばれなければ、藤村は人を殺さなかっただろう。

 

 萩岡や乙原なら、白凪。古山、谷川、月波なら、矢島。里山や佐野なら、藤村や松川悠(男子18番)。鶴崎や野間なら、武田純也(男子11番)。若山なら、霧崎礼司(男子6番)横山広志(男子19番)。七海や日向なら西田明美(女子11番)。荒川と香山、岸田と芹沢は互いに親友ともいえる仲。米沢と佐久間は恋人同士。そして宇津井はクラス委員だからだろう。

 思わず箱を投げつける。思いっきり投げつけたせいか、一番後ろにある黒板に直接ぶつかり、そして床に落ちていった。バンッという大きな音の後に、自身の荒い息遣いだけが聞こえてくる。

 

 どうかしている。本来の目的から逸れすぎているのだ。

 

 戦闘実験。そんなものはただの口実に過ぎない。そんなもののために、なぜ必死で生きている彼らが死ななくてはいけないのか。どうしてこんなものが何十年も続いているのか。どうして中学三年生が対象なのか。栗井には何一つ理解できなかった。

 栗井自身にしても、別にプログラムに賛同しているから担当官などという職業を選んだわけではない。むしろまったくの正反対だ。なぜこんなものが存在するのか、どうして何十年も続いているのか、分からないから担当官になったのだ。いつかは理解できるかもしれない、そんな思いもあった。けれど何年続けても、この疑問は解決されるどころか、ますます膨らんでいくばかりだ。

 そうしていくうちに、別の思いが生まれ始めていた。彼らを助けたい。一人でも多くの命を救いたい。なるべくなら多くの人間が生き延びられるようにしたい。だからこそ、秘かにプログラムの内部事情も、首輪の仕組みも、そして外し方も調べていた。万が一のために、医学についても勉強していた。ある程度の知識は得ていた。少しでも糸口を見つけるために。

 ところがどうだ。こうして手をこまねいているうちに、もう十二人しか残っていないではないか。助けるための手っ取り早い方法としては、一人一人の首輪を外してここから脱出させることだが、所在がバラバラになっている彼らの首輪を外すのはかなりの手間がかかってしまうし、担当官の職務に在る自分が何時間もここを空けるわけにはいかない。それに栗井の存在にしたって、彼らからしたら“敵”に他ならない。見つけた途端、攻撃してくる人間だっているだろう。

 

 けれど、まだ方法はあるはず。

 

 脱出方法を考えている江田大樹(男子2番)が、何か糸口を見つけるかもしれない。組んでいる横山が、何かいい方法を考えるかもしれない。せめて、彼らだけでもコンタクトが取れれば、事態は大きく変化するだろう。今のところ、その方法がないのが歯がゆいところだ。

 この状態では仮眠などできるわけがない。諦めて先ほどのモニタールームへと戻る。今からひっきりなしにかかってくる電話の相手をすると考えるだけでも気が滅入る。深く溜息をつきながら、その部屋へと足を踏み入れる。

 

 部屋に踏み入れてすぐモニターが目に入る。その瞬間、目を見開いた。

 

 矢島を示す“F17”は、あの場からまったく動いていないのだ。頭のいい彼女なら、銃声も響いたあの場に留まることが、どれだけ危険なことか分かるはず。確かに昨日の朝もしばしC-7に留まっていたが、それは岡山裕介(男子3番)が着ていた防弾チョッキを脱がせるためだと思われる。しかし今回は、白凪のコルトガバメント、谷川のブローニング、月波の文鎮のみだ。全て回収するのに五分とかからないはず。それでもなお動く様子がないのは、やはり白凪の死のショックが大きいのだろう。

 しかし、このままでは銃声を聞きつけた誰かに殺されないとも限らない。それでは、白凪の行為が無駄になってしまう。早くそこから移動するべきだ。決して彼女には届かないが、栗井は強くそう思った。

 予想通り、矢島に近づく一つの点がある。目をこらして、近づく誰かの正体を確認しようとした。

 

 その正体が分かった途端、思わず頬が緩んだ。神様とは、本当に気まぐれらしい。

 

 鳴り響く電話のベルを無視し、ヘッドホンを手に取る。そして盗聴のスイッチをその人物に合わせた。

 これから起こることは、一言一句聞き洩らしてはならない。そう思い、周囲の状況には目もくれず、耳に全神経を集中させていた。

 

[残り12人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system