覚悟の違い

 

 単発の銃声が、間をあけて三発。嫌な予感に、思わず足を止めた。

 

「どうした?大樹。」

 

 江田大樹(男子2番)は、前を歩く足を止めてそう声をかけてくれる横山広志(男子19番)の言葉に、「いや…」と生返事をしながらも、どうにも拭いきれない不吉なものを感じていた。銃声は何度も聞いているはずなのに、それはひどく耳に残ってしまったから。

 

――まさか…。萩岡とか白凪が…関わっているわけじゃないよな…。

 

 残りは多くて十五人。その中で大樹と広志は除くので、十三人の内の誰かが関わっていることになる。萩岡宗信(男子15番)白凪浩介(男子10番)が関わっている可能性は、等しく十三分の一。それは決して低い数値ではない。人数が減ればその分、その確率は当然上がる。

 

――まさかな…。

 

 頭を振って、その嫌な予感を振り払う。宗信は生命力有り余る奴だし、浩介なら何があっても冷静に切り抜けられるはず。あの二人のわけがない。そう、あの二人のわけが…

 

「大樹!おい、大樹!」

 

 肩を思いっきり揺すられてハッとする。見ると、すぐ目の前に広志が立っていて、大樹の目を心配そうに覗き込んでいた。どうやら考え事をしていたことで、足が完全に止まってしまっていたようだ。

 

「さっきの銃声…気になるか…?」

 

 まるで、大樹の心を見透かしたような広志の発言。思わずグッと言葉に詰まる。

 

「気になるなら…」
「いや、大丈夫だ。それより…先に進もう。」

 

 気になるなどと言ったら広志のことだ、様子を見に行こうかと言ってくれるだろう。しかし銃声のした方向に向かう―即ち何らかの戦闘が行われたであろう場所に向かうということは、自分らも何かしらの巻き添えを喰う可能性があるのだ。

 自分の当てのない予感などで、信じてくれている仲間の命を、むざむざ危険に晒すわけにはいかない。

 

「…何かあったら、遠慮なく言えよ。その方がスッキリするしな。」

 

 そんな大樹の心境を読みとったのか、広志はそう言うだけに留めた。そして再び、大樹の前を歩き出す。

 六時の放送で、B-5が十時から禁止エリアになってしまう。それで二人は、少し早目ではあるが移動を開始していた。人数も大分減ってしまったので、何かあったときのために早目に行動しておいた方がいいという、広志の提案からだった。

 

――俺は…一体何度広志に助けられたのだろう…。

 

 前を歩く広志の背中を見ながら、ふとこんなことを思った。心が折れそうになる大樹を励まし、時には叱り、今でも大樹のことを気遣ってくれている。広志がいなかったら、自分はどうなっていたのだろう。そう考えただけでもとゾッとした。

 そして、こうも思った。

 

――広志は俺のこと…どう思っているんだろう…。

 

 今だに脱出の糸口どころか、首輪を外す手掛かりすら見つかっていない。そうしている間に、もう残りは十五人になってしまった。広志は何も言わないが、大樹はひどく気にしていた。広志はこんなに励ましてくれているのに、自分は何も返せてはいない。

 

――もしかしたら…失望しているのかもしれないな。今だに何も出来ていない上に、もう仲のいい友人二人とも失ってしまったんだから…。

 

 そんなことを考えながら、左にショットガン―フランキ・スパス12の重さを感じながら、大樹もゆっくりと歩き出す。目の前を歩く広志の背中には、彼の支給武器であるコルトパイソンがささっている。

 出来ることなら武器は使いたくない。本来なら、その辺に捨てたいくらいだ。けれど、そうするわけにはいかないことも、嫌というほど分かっている。

 だからこそ大樹は、出来るだけ武器は使わないと、なるべく話し合いで解決しようと、心の中で誓っていた。

 

 再び考え事をしていたせいだろうか。前を歩いていた広志が止まったことに気づかずに、その背中にモロにぶつかってしまった。

 

「広志…?」
「左手の方角に、誰かいる。」

 

 少しだけ焦った様子の広志の言葉につられるように、左手の方角に視線を向ける。確かに、そこには一人の人物がいた。黒い学生服、男子だ。

 

――誰だ…?

 

 男子は残り八人。大樹と広志を除いて六人。次第に近付くその人に、今生きている人物の特徴を照らし合わせてみる。

 

「江田と…横山か。見慣れない組み合わせだな。」

 

 大樹と広志から五メートルほど離れた先で足を止めた人物は、いつもクールな表情を崩さない人物。いつも一人でいた人物。大樹とさほど背丈が変わらない人物―神山彬(男子5番)だった。

 修学旅行でも違う班だったし、普段から関わりがないので、大樹は彬のことをほとんど知らない。深夜に交わした会話で、広志は“無条件では信用できない”と言っていたが、果たして実際はどうなのだろうか。

 

 しかし彬の手元を見て、大樹は思わずアッと言いそうになった。

 

――あれって…白凪が持っていた銃と似てないか…?

 

 彬が右手に持っている銃。それは、浩介が持っていた銃にとてもよく似ていたのだ。いや、似ているなどという問題ではない。大樹の目には、まったく同じものに見える。

 先ほど目を逸らした嫌な予感が、再び浮き彫りになる。

 

――まさか…白凪を殺して…奪ったのか…?

 

 そんな不吉な仮説が思い浮かんでしまい、全力で否定する。だってまだ名前は呼ばれていないし、放送から一時間ほどしか経っていない。そんな短い間に死ぬなんて思えなかった。そう信じたかった。

 きっと、彬の支給武器なのだろう。きっと、似ているけれど違う銃なのだろう。

 

「神山…。やる気かどうか聞く前に、それ…お前の支給武器か…?」

 

 何も言えずにいる大樹の代わりに、広志が口を開く。どうやら、広志も同じ疑問を抱いていたようだ。大樹の疑問を、そのまま代弁したかのような聞き方だった。

 

「随分…回りくどい聞き方をするんだな。はっきり聞けばいいじゃないか。誰かを殺して奪ったのか、って。」

 

 そんな広志の意図を読み取ったのか、彬がわざと口元を歪ませながら答える。それは、どこか楽しんでいるようにも見えた。

 

「俺はそんなことを聞きたいんじゃない。」
「しらばっくれるつもりか?」

 

 否定しようとする広志の言葉に、彬は即座に冷たく答える。

 

「一つしか武器を持っていない俺を見て、そんな質問が出るということは、どっかで似たような武器でも見たんだろ?確か担当官の野郎は、武器はそれぞれ違うものが入っているって言っていたから、同じものは一つもないはずだしな。」

 

 そう、大樹の頭で不吉な仮説が浮かんだのも、その前提があったからだ。それぞれ違うものが入っている、即ちそれは同じものは一つもないことを意味する。つまり前に誰かが持っていた武器を、別の誰かが持っているのも見た場合、それは前の持ち主から何らかの形で受け取ったということになる。それが譲り受けたか、拾ったか、それとも何らかの手段で奪ったか――

 心臓が一度だけ、ドクンと大きな音をたてる。

 

「まぁ、そんなことはどうでもいい。ところでお前らはなんで一緒にいるんだ?乗っていないというのは分かるが、少々意外な気がするぞ。」

 

 先ほどの話題を強制的に終了し、彬は聞きたいことを簡潔に述べていた。勢いのまま、大樹はすぐにその疑問に答えていた。

 

「首輪を外して脱出しようとしていた。それで、広志にも協力してもらっていたんだ。」

 

 このとき、大樹は彬が賛同してくれると思っていた。現に浩介には「頼むな。」と言われたし、広志は今までずっと協力してくれている。みんな方法さえあれば、こんなことはしたくないのだと思っていた。だからそれを模索している自分達に、反対などするはずなどないと思っていた。できるできないは、この際別にして。

 

 しかし彬は違った。「ハッ」と、小馬鹿にするかのように笑ったのだ。 

 

「それ、本気で言ってんのか?本気で脱出なんかできると思っているのか?」
「何言ってんだよ!諦めなければ、できるかもしれないじゃないか!」

 

 そんな彬の冷たい言葉に、少々ムッとしながらこう返していた。すると彬は真顔に戻り、こちらを見据えながら、低い声で話し出す。

 

「毎年五十クラス。1947年から今年が1995年。ザッと計算しただけでも、これまで二千クラス以上がプログラムを実施している。その中で脱出の例が一つもない。いかにここから脱出することが容易ではないことが分かるはずだ。それでも脱出を考えるのか?はっきり言ってやるよ。それは無理だ。」

 

 実に痛いところをつかれ、グッと黙りこんでしまう。確かに、これまで脱出したなんて話は聞いたことがない。

 

「一番現実的な行動は、プログラムに乗るか、自殺するかだ。ただ逃げ回っていることも、ましてや脱出なんてことを考えていることも、現実逃避になるってことだよ。現に方法がないから、今だにこうやってうろちょろしているんじゃないのか?」

 

 彬の言う通り、今だに方法どころかきっかけすら掴めていない。いわば八方ふさがり状態なのだ。だからこそ、今だに何もできていない。誰も助けられていない。広志の友人ですら、助けることができなかった。

 大樹の頭の中で、再び不安が渦巻く。

 

「そう言うお前はどうなんだよ。」

 

 少々怒りを含ませたような言い方で、広志は彬にこう聞き返していた。すると、彬は少しばかり口の端を持ち上げてから、少しだけ楽しそうに話し出す。

 

「自殺する気はない。となると…そうだな、乗っているというのが一番近い答えかもな。俺にはちょっとした目的がある。その目的のために今は動いているといったところだ。だから無差別に殺すつもりはないんだが…」

 

 あ、そうそう。と呟いてから、彬は広志に向かって、まったく意外なことを口にした。

 

「横山。もう半日以上前になるが…霧崎に会ったぞ。」

 

 その一言で、広志の身体がビクンと反応する。こちらに背中を向けている状態なので、広志がどういう表情をしているか分からないが、少なくとも動揺したことは確かなようだ。

 

「お前、まさか礼司を…」
「あぁ、勘違いするなよ。霧崎を殺したのは俺じゃない。最も、殺そうと思えば殺せたがな。」

 

 広志の反応が面白いのか、彬は少々歪んだ笑みでこちらを見つめる。大樹の中で、何か怒りに近いものが溜まっていく。

 

「霧崎、誰か殺したい奴がいるって言ってたな。なぁ横山、何か心当たりあるか?」

 

 彬の質問に、広志は答えない。しかしこの場合、答えないことは肯定とほぼ同義だった。

 

「別に誰かなんてのに興味はない。ただあいつは、いざというときには誰かを殺すつもりだったってことだよな?少なくとも、今のお前らよりもよっぽど現実的だったってことだよ。最も、もう死んでしまったけどな。」

 

 そして広志が何か言う前に、彬は別のことを口にした。

 

「それと横山、なぜ若山を待たなかった?」

 

 まるで問い詰めるかのように、彬が疑問をぶつける。なぜかその彬の口調は、今までとは違う気がした。

 

「出席番号でいえば、米沢さえやりすごせば、お前は若山と合流できたはずだ。なのにあいつが二回目の放送で呼ばれて、今だにお前は生きている。別に俺は、お前が若山を殺したなんて思っちゃいない。ただ、なぜ待たなかったのか。どうして若山は待てなくて、江田とは一緒にいられるのか。それは大いに疑問だ。」

 

 広志がだらんと下がった右手の拳をギュッと握りしめる。そして何も言わない。思わず、大樹は大声を出していた。

 

「広志だけじゃない!俺だって乙原…」

「お前の場合は話が違う。お前の出発の前には銃声がした。間には不良で危険な岡山がいた。その状況で待てる奴の方が珍しいさ。おそらく荒川さんだって、香山さんのことを待てなかったはずだ。だが、横山の時は銃声もしていない、間にいるのは危険でも何でもない米沢だ。ついでに言えば、あのとき出発していたのは横山を除いてわずか四人。なのに待たなかったのは、必然的に若山を信用できなかったってことになる。それなのに江田とは一緒にいる。そして都合よく脱出なんてものを考えている。随分虫のいい話じゃないか?」

 

 そして彬は、最後にこう口にした。

 

「我が身が可愛くてダチも見捨てて、都合よく脱出に乗っかって、そして今ものうのうと生きている。横山、お前ってそんなに薄情な奴だったんだな。」

 

 広志の右手の拳が、真っ赤になるほど握りしめられている。彬の冷たい言葉の数々にも、広志は何も言わない。反論すらしない。それは心のどこかで、彬の言葉を受け入れてしまっているから。きっと今でも、待てなかった自分を責めているから。

 大樹は言おうと思った。違う、広志だって怖かったんだ。本当は待ちたかったのに待てなかっただけなんだ。それでずっと後悔していて、きっと何度も自分を責めたんだ。過ぎたことは戻せないけど、広志のその気持ちくらいは汲んでやってくれ。と。

 しかし、大樹が何か言う前に、彬が動く方が早かった。

 

「まぁ、もうそんなことはどうでもいいけどな。」

 

 そう言うなり、彬は持っていた銃をこちらに向けた。あまりに無駄のない自然な動きだったせいか、大樹はまったく反応できなかった。

 

「脱出なんてものをされては困る。不可能だとは思うが、万に一つってこともあるからな。ここで死んでもらおう。」

 

 先ほどとは違う低い声。ただ淡々と言葉を述べるだけの口調。それなのに、今まで一番悪寒を感じた。

 反応できない大樹の代わりに、広志が背中に差してあったコルトパイソンを抜き出し、その銃口を彬に向けていた。その銃を握る右手は、わずかに震えている。

 

「横山。そいつで脅しているつもりか?撃てない奴の銃口なんか、怖くもなんとも…」
「ただ脅しているのはお前の方だよ、神山。そいつは本物じゃないだろ?」

 

 いつもはあまり変わらない―いや、努めていつも通りでいようとする広志の言葉に、彬は完全に目を見開いていた。

 

「…本気で言ってんのか?」
「俺らは確かに、お前が持っている銃に似たやつを持っている人間に会っている。けれど、そいつはまだ放送で名前が呼ばれていない。」

 

 努めて冷静さを保つかのように、広志はわざとゆっくり話す。

 

「俺が思うに、そう簡単にやられるような奴じゃないし、銃を持っているのに一発も撃たずに無抵抗で死ぬなんて有り得ない。特に神山、相手がお前のような奴ならなおさらだ。さらに加えて言うなら、さっきの銃声は右手の方角から聞こえた。けれど、お前は左から現れた。さっきの銃声とお前は関係ない。だから、おそらくお前はそいつを殺していない。つまりお前が持っているのは本物じゃなくて、よく似たモデルガンの類いということになる。モデルガンなら同じ武器ではなくなるからな。…違うか?」

 

 すると彬はひゅうと口笛を吹きながら、今度は感心したかのような話し出した。

 

「なるほどな。やはり横山、お前が一番怖いな。ただ運動神経のいい藤村や霧崎、ただ頭のいい里山や鶴崎なんかより、お前や白凪といった冷静で頭の回転の早い奴が一番厄介なんだよ。お前が本気でプログラムに乗ったら、間違いなく優勝候補だと思うね。ただし―」

 

 彬の銃口が、そのまま広志に向けられる。大樹はハッとした。

 

「そいつは全部、お前の推測にすぎない。その推測だけで決めつけるのはかなり危険だぜ。本当にモデルガンかどうか、ここで試してやろうか?」

 

 広志がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。銃口はしっかりと彬と向けられており、引き金には指がかかっている。少なくとも広志の銃は本物。彬の銃が本物ではない可能性が示唆された今、広志に分があるような状況だ。

 しかし、大樹はマズイと思った。

 

――神山は本気だ…。本気で撃とうとしている…。

 

 彬の銃が本物かどうかはさておき、彬は本気で引き金を引くつもりだということは雰因気からにじみ出ている。仮に広志の推測が正しくて、彬の銃が本物ではなかったとしても、何か飛び出すかもしれない。それに、自分達とは決定的な違いがある。それはこの状況では、あまりに違いすぎる違い。

 

――俺も広志も、人を殺す覚悟はできていないんだ。

 

 それは、人を殺す覚悟。何か起こった場合の選択肢として、“人を殺す”という選択肢が、二人には存在しないこと。

 

――神山にその覚悟があった場合、遅れをとったほうが負ける。いくら神山の銃が偽物でも、まったく怪我をしない保障はないんだ。そしたら…やられるのは…

 

 そのとき、引き金にかけられた彬の指がピクリと動いた。

 

――マズイ!!

 

 彬が引き金を引くと直感した瞬間、大樹は広志を思いっきり右方向に突き飛ばしていた。何か考えたわけではない。身体が勝手に動いていたのだ。

 

 その瞬間、パンという音。

 

 ほぼ同時に左腕にものすごい衝撃と痛みを感じた。意志とは関係なく、左腕がはじかれたように後ろに動く。ボキッという嫌な音が耳に入った。左腕につられるかのように、身体も後ろに倒れこむ。

 

「大樹!!」

 

 地面に倒れてこんでいた広志が、大樹の元へと走り寄って来る。どうやら怪我一つ負っていないようだ。そのことに、大樹は心底ホッとした。

 

「…まさか江田が横山を庇うとはね。ちょっと計算外だったな。横山の方が後々厄介になるから、手傷の一つでも負わせたかったんだが。」

 

 左腕の具合を確認する。弾はどうやら肘より少し上のあたりに当たったようだ。そこからまるで鈍器で殴られたかのような痛みがズキズキと伝わってくる。おそらく骨が折れてしまったのだろう。けれど、血はほとんど出ていない。そこで、一つの仮説が生まれた。

 

「大樹!大丈夫か!」
「大丈夫…。多分…本物じゃない。ゴム弾か何かだ…。」
「ご名答だよ、江田。」

 

 スッと銃口を下ろし、彬はこちらに少しずつ歩み寄ってくる。

 

「横山の推測は半分正解なんだ。俺の支給武器は、ゴム弾専用のコルトガバメント。つまり、厳密に言うと銃じゃないから殺傷能力に欠ける。けれど、ただのハリボテではないからな。手傷を負わせるには十分だ。」

 

 どうやら最初の一発で、広志に何らかの手傷を負わせるつもりだったらしい。彬からしてみれば、機械が得意なこと以外何の特記事項のない大樹よりも、頭脳も運動能力も上位クラスの広志の方が脅威だからに違いない。

 大樹は至極冷静に思考を巡らせていたのだが、広志は怒り心頭の様子だった。顔を真っ赤にしながら、彬の方へと銃口を向ける。

 

「よくもやりやがったな!!」

 

 妙なことに、大樹は少し感動していた。自分が傷ついたことでこんなにも怒ってくれているんだ。それほどまでに仲間と思ってくれていたんだ。と。もちろん、状況が大変緊迫したものであることに変わりはないのだけれど。

 

「何をそんなに怒っているんだ。お前は無傷なんだからよかったじゃないか。江田とはそこまで親しいわけじゃないんだろ?脱出とやらのために組んでいるだけなんだろ?江田が今だに何もできないから、失望でもしているんじゃないのと思っていたけどな。」
「ふざけるな!」

 

 広志はそう言うなり、撃鉄をガチッと起こしていた。

 

「お前に何が分かる!お前がこいつの何を知っているんだ!こいつが今までどれだけ悩んできたのか、どれだけ自分の無力を嘆いていたのか、それがお前にわかるのか?!」

 

 今まで聞いたことのない広志の激昂した声。まぎれもなく、大樹のために怒っているのだ。

 

「俺のことなら、いくら言ってもかまわない。けど…、こいつのことを好き勝手言うのだけは、それだけは絶対に許さねぇ!!」

 

 かなり場違いだけれど、大樹は嬉しかった。自分のことを、そこまで想っていてくれていたことに。

 

――あぁ、よかった。もしかしたら、失望されているんじゃないかと思っていたんだ。広志、やっぱお前いい奴だな。サッカー部の部長をやっているのも、霧崎や若山といった友人がいるのも、ただ能力が優秀なだけじゃない。お前の人柄なんだな。

 

 そんな広志の言葉に、彬は少々不愉快な表情を浮かべた。けれど、それは一瞬の出来事だった。

 

「まぁ、江田だけでも手傷を負わせられたからよしとするか。武器に関して言えば、江田の持っているフランキ・スパス12のショットガンの方が怖いからな。横山のはコルトパイソンか。知っているか?その銃には欠点があるんだよ。それに―」

 

 そう告げるなり、彬は再び銃口をこちらに向ける。

 

「脱出なんてものを考えているってことは、人を殺す覚悟はできていないんだろ?その場合、どんなに優秀な武器を持っていても、それを活かせなきゃ宝の持ち腐れだ。どう頑張っても、覚悟がなければ遅れを取る。分かるか?覚悟のある奴には、どうしたって負けるんだよ。」

 

 ギリッと唇を噛みしめる。彬の言う通りなのだ。こちらには覚悟がない。だから咄嗟に対処できないのだ。

 それに、こちらは深手を負ってしまっている。大樹は左腕を撃たれてしまっているため、ショットガンを撃てるかどうか怪しい(一応折りたたみストックやらがついているので片手でも撃てないことはないが、反動に耐えられないかもしれない)。それに彬の言う通り、広志のコルトパイソンに欠点があるとしたら、やはりこちらが不利なのかもしれない。そう思わせるほど、彬の全身から殺意がにじみでているのだ。もしかしたら、もう誰か殺したのかもしれない。

 

――マズイ…。どうしたらいいんだ…、どうしたら…。

 

 そのときだった。パンパンという二発の銃声が聞こえてきたのは。それと同時に、彬に右腕が弾かれたように右に動いたのは。

 

――…え?

 

 一瞬広志が撃ったのかと思ったが、広志の呆けたような表情を見て、それは違うと確信する。じゃあ誰が―そう考える前に、第三者の怒号が聞こえた。

 

「江田!横山!今のうちに逃げろ!!」

 

 考えるよりも先に身体が動いていた。痛む左腕に苦心しながら立ちあがり、荷物を背負い直し、今だに事態を把握できていない広志を無理矢理立たせ、左手の方角に走っていく。

 逃げる最中、撃ったであろう人物と目が合った。

 

「…すまん!!藤村!」

 

 その人物は意外にも、以前乗っていると知らされていた藤村賢二(男子16番)だったのだ。

 

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