走り去る江田大樹(男子2番)と横山広志(男子19番)を横目で見ながら、藤村賢二(男子16番)は、目の前にいる神山彬(男子5番)をキッと睨みつけた。
――これで…少しは霧崎に償えたかな…。しかし、横山が江田と組んでいたのは意外だったな。いやいやそんなことより、今は目の前のこいつをどうにかしないと。
その目の前の彬は、撃たれた右腕を押さえつつも、銃は決して手放さなかった。そして標的に逃げられたにも関わらず、その涼しい表情を崩すこともなかった。
「これはこれは意外な珍客だな。まぁ、あの二人は直接の害はないからよしとするか。それより藤村。お前どういう風の吹きまわしだ?プログラムに乗っていたんじゃなかったのか?」
思わぬ一言に、心をかき乱される。どうしてそのことを知っているのか。
「見たんだよ。お前が米沢、殺しているところをな。あのときのお前は、情けも容赦も知らない獣のような印象を受けたんだが、今ではすっかり毒気を抜かれているみたいだな。まさか、萩岡に影響でもされたのか?」
ギリッと唇を噛みしめる。まさか見られているとは思わなかったのだ。しかもおそらく、米沢真(男子20番)を殺したところだけではなく、萩岡宗信(男子15番)が現れたところまで見ている。その事実が、いかに彬が冷静かを物語っている。
「俺はもう…無差別には殺さない。殺すとしたら…神山。お前のようにやる気の奴だけだ。」
そう告げると、右手のベレッタの銃口を彬に向ける。先ほどは威嚇だったので掠る程度にしか狙っていなかったが、今度は確実に動けないような箇所に当てる。場合によっては彬を殺して、これ以上の犠牲者を出さないようにする。でないと大樹や広志だけでなく、宗信や白凪浩介(男子10番)、矢島楓(女子17番)といった人間にまで危害が及ぶのだ。
しかし銃口を向けられているにも関わらず、彬はまったくその表情を崩さなかった。それどころか、ひゅうと一回口笛を吹いた。
「へぇ、面白いスタンスだな。つまり、やる気じゃない奴には手は出さないというわけか。だからあの二人を助けたというわけか。なるほど。だったら…」
次に彬が発した一言は、賢二の予想をはるかに超えるものだった。
「理由を聞きたいな。どうして霧崎を殺したのか。」
心臓が大きくはねる。どうして彬は、賢二が霧崎礼司(男子6番)を殺したことを知っているのか。もしかして、これも見られていたのだろうか。
「お前の腰に差さっているの、ヌンチャクだろ?それは元々、霧崎が持っていたはずだ。俺は一度、霧崎に会っているんだよ。」
ちらりと腰に差しているヌンチャクを見る。確かにこれは礼司が持っていたものだ。楓にも渡さずに、賢二がそのまま持っているものだ。
「あいつはやる気じゃなかったはずだし、そう安々と武器を渡すはずがないからな。となると、殺して奪ったって考えるのが一番筋が通っている。まぁ霧崎くらいの人間になると、おのずと殺せる人間も限られてくるけどな。」
賢二の動揺を読み取ったかのように、彬はすらすらと推測を話す。その正しい推測に、賢二はただ黙って聞いていることしかできない。
「そんなことはどうでもいいか。あいつは殺したい奴がいると言っていたから、その相手がお前だった可能性も十分あり得るし、霧崎が死んじまった今、そんなことに興味はない。それよりも気になるのが、今のお前のスタンスだ。以前のお前だったらいつかは殺さなくちゃいけないと思っていたが、今はあまりその必要もないかもな。」
前半の言葉も気になるが、それよりも賢二が引っかかったのは後半の言葉。意味がわからなかった。どうして以前の賢二は殺さなくてはいけなくて、今はあまりその必要がないのか。やる気であるならば、それはあまり関係ないのではないか。
「訳が分からないって顔をしているな。」
またしても彬は、賢二の心境を読み取ったかのような発言をする。
「せっかくだから教えてやるよ。馬鹿なお前でも分かるようにな。」
小馬鹿にしたような一言にムッとする。そう言われるのは大変心外だったが(間違っているとは言わないけれど)、今そのことに反論しても仕方がない。とりあえず、黙って話を聞くことにした。
「俺は、ある人物を優勝させたいと思っている。そのために、邪魔になりそうな人間を排除したいというわけだ。やる気の奴だったらもちろん容赦なく殺すし、やる気じゃなければ無理して殺さなくてもいい。ある意味藤村、お前と似たようなスタンスというわけだ。」
あまりに意外な発言だったので、賢二は思わず目を見開いた。彬はただやる気になっているだけではなかったことに。やる気の人間を容赦なく殺す―確かに賢二と似たようなスタンスであることに。
しかしそれでは、筋の通らないことがある。
「江田と横山は…やる気じゃなかっただろ!だったらどうして殺そうとしたんだ!!」
そう、大樹と広志はやる気ではなかったはずだ。やる気であったなら、彬に何らかの反撃をしているはずだし、そもそも二人一緒にいるわけがない。
「脱出なんてものを考えていたからさ。脱出なんてされては困るからな。」
どうして困るのか、賢二には理解できなかった。脱出できるなら、生かした人間がいるなら、それはまたとない方法ではないか。
「脱出は、“生きてここから出る”ことのみを目的としている。けれど俺はその人物を、“生きて元の生活に戻したい”のさ。その場合、優勝するしか方法はないんだよ。それに脱出した人間がいた場合、優勝した人間に危害が及ばないとは限らないからな。」
すぐには理解できなかった。けれど彬の言葉を一つ一つ噛みしめると、次第に背筋がゾクリとする。
「お前…まさか…」
そう、優勝させたい人物がいる。即ち、その人物以外は全員死ななくてはいけない。つまり―
「死ぬ…つもりか…?」
その人物を優勝させるためにも、生かすためにも、彬は―死ぬつもりなのだ。
――なんで…
彬は一人でいることが多かったはずだ。少なくともクラス内では、特に親しい人物はいなかったはずだ。なのに、このクラスの中の誰かのために、彬は死のうとしている。自分の命を投げ出してまでも、その人物を生かそうとしている。
――それは一体…誰なんだ…?
「隙だらけだぞ。藤村。」
そう言うなり、彬は左手で何かを投げつけてきたのだ。思わず両手で顔をガードするが、それがマズかった。その際、銃口は完全に彬から逸れてしまっていたのだ。
間髪入れずに、銃声が二発。
一発目は銃を持っていた右腕に当たり、あまりの衝撃に後ろに弾かれる。二発目は左足に命中し、身体のバランスを崩してしまう。何とか銃を手離さなかったものの、撃たれた勢いのまま仰向けに倒れてしまった。
「油断、だな。俺がいつお前を見逃すと言った?確かに今のお前は危険とはいえないかもしれないが、一度乗った人間は信用ならない。ここで死んでもらう。」
撃たれた右腕と左足からは、耐えがたい激痛が襲う。立ち上がろうにも、反撃しようにも、瞬間にはしる激痛のせいでそれはままならない。おそらく、骨が折れてしまっているのだ。
――くそっ!もう終わりなのかよ…。俺はもう…ここで死ぬのかよ…。
楓を助けることはできたのだから、無駄死にではないのかもしれない。けれど、まだ彬以外にもやる気の人間がいるかもしれないのに。その魔の手にかかるのは、宗信や浩介といったやる気ではない人間なのに。きっと彼らは、特に宗信は、人を殺せないだろうから、既に手を汚している自分が助けなくてはいけないのに。それに―
――萩岡と白凪に…謝らなきゃいけないのに…。
まだやるべきことがある。そう思うと、腹の底から気力が湧いてくる気がした。宗信や浩介に謝る意味でも、脳裏に浮かぶ今生きている人達のためにも、自分が殺してしまった人に償う意味でも、まだここで死ぬわけにはいかない。
――ここで終わりじゃない!ここで神山を殺してでもくいとめて、他のみんなに危害が及ばないようにしないと!
痛む右腕を無理矢理動かし、引き金を引いた。慎重に照準を定める時間などなかったので、とりあえず当たればいいという気持ちで発した弾丸は、彬の左のこめかみを掠っていた。撃たれたにも関わらず、こめかみから一筋の血を流しているにも関わらず、彬はまったく怯みもせず、こちらに歩み寄る足を止めることもなかった。
二発目を撃とうしたが、その前に彬に右腕を踏みつけられてしまう。
「骨くらいは折れているはずなんだが…まだそんな気力があったのか。思ったよりもやるじゃないか、藤村。その悪あがきに免じて、今回は見逃してやるとするか。ただし、条件があるけどな。」
「条件…だと…?」
彬は何も言わずに、ただ賢二の荷物を漁る。自由に動かせる左手で背中に差しているS&Wを使って反撃しようと思ったが、わずかにその手を動かしただけで、彬に銃口を突きつけられた。
「せっかく生かしてやるって言ってんだ。わざわざ死ににくることはないだろ。」
その一言で、賢二の動きは強制的に止められる。彬が賢二のデイバックから手榴弾、ブッシュナイフ、さらに予備の弾を取り出すのを、ただ黙ってみていることしかできなかった。
やがて彬は、賢二のデイバックから小さな小瓶を取り出す。それはまだ未開封のものだった。
「睡眠薬ねぇ。こんなものまで支給されていたとはな。まぁこの場合、一番都合がいいが。」
彬は取り出したものは、元々賢二に支給されていた睡眠薬(クロロフォルム)だった。それを彬は持っているハンカチに沁み込ませながら、一層低い声で言い放つ。
「一つ。古山晴海には何があっても手を出すな。傷一つでもつけたら、殺す。」
彬の口から出てきたのは、あまりに意外な名前だった。
――どうして…どうして古山さんのことを言うんだ?だって、普段から二人に関わりはなかったじゃないか…。それにもし古山さんがそうなら、神山はどうして今でも…
しかしその疑問は、口元に押し付けられたハンカチによって、口に出されることはなかった。しかも、次第に意識は遠のいていく。
「二つ。この状態で、お前が生きていられたらな。」
ぼんやりとした景色の中で、彬がそう口にしたのを聞いたのが最後だった。襲ってくる強烈な睡魔には勝てずに、賢二の意識はそのまま闇に落ちていった。
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