守る覚悟

 ここはエリアD-5。地図に載っている二階のある民家に、矢島楓(女子17番)古山晴海(女子5番)はいた。互いに身を休める意味でも、とりあえずはこの民家に身を潜めることにしている。

 あの後武器をかき集め、三人―谷川絵梨(女子8番)月波明日香(女子9番)、そして白凪浩介(男子10番)の遺体を丁寧に弔った後、後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。そしてこの民家に着いてから、お互いにこれまでの出来事を洗いざらい話していた。(といっても、晴海はほとんど何事もなかったようなので、目立った情報はなかったが)

 楓は、これまで自分が行ってきたことを包み隠さず話した。そして楓が話している間、晴海は一言も口を挿まなかった。そして全てを話し終えた後、ただこう言ったのだ。

 

「分かった。でも私が一つだけ言うなら、霧崎くんと同意見だな。多分、二人はやる気だったんだと思うよ。」

 

 明日香のことに関しては、晴海は何も言わなかった。きっと明日香の言葉は、晴海にとってもショックだったのだろう。それが分かっていたから、楓もそれ以上何も言わなかった。

 話し終えた後、持っている武器の確認を行った。思えばかなりの重装備だ。銃を五つも持っている上に、防弾チョッキまで身につけている。それらはきっと自分達の身を守ってくれるのだろうけど、同時に持ち主は既にこの世にいないことを意味している。並べた数々の銃を見ると、胸がズキンと痛んだ。

 話し合った結果、ワルサーとシグザウエルは同じ口径の弾を使うことから楓が持つことになり、装填数が一番多いブローニングは晴海が持つことになった。残るS&Wとコルトガバメントに関しては、S&Wはマガジンがないので楓が持とうかと思ったが、それを口にする前に晴海がこう言ったのだ。

 

「これは、元は白凪くんのだから。だから楓が持ちなよ。私はこっち持つから。」

 

 まぁ、あまり使うこともないって信じたいしね。そう付け足して、晴海はすっとS&Wに手を伸ばした。すると、楓は自然とコルトガバメントに手を伸ばす形になる。両手に持ったそれは、ひどく重く感じられた。けれど、その重さこそが、楓の心を奮い立たせてくれる。

 

――白凪くんが私を守ってくれたように、私も晴海のことを守らなきゃ。

 

 その代わりと称して、防弾チョッキは晴海に着させた(半ば強引にだが)。そして警棒は楓が、マフラーは晴海が持つことになっている。それから民家の一室(俗に言うリビングというやつだろう。あまりに物がないので確信は持てないが)で、今も二人はじっとしている。

 

「大丈夫かな…。江田くんと横山くん…。」

 

 ポツリと晴海が呟く。それは楓も思っていたことであるが、「大丈夫だよ。」と言うことで、暗に心の中で思っていたことを否定した。

 そう、移動の間に、銃声が数発聞こえた。それは、これから向かおうと考えていた江田大樹(男子2番)横山広志(男子19番)のいるであろうエリアの方角から聞こえてきたような気がしてならなかった。大丈夫だと信じたいが、既にクラスの三分の一以下となっているこの状況では、それはあまりに現実逃避しているかのようにも思えた。

 二人には申し訳ないが、今はさすがにそこに向かうわけにはいかない。自分だけならまだしも、晴海の命まで危険に晒してしまうことになるのだ。

 

 そう、これからは慎重に行動しなくてはいけない。今までは一人で行動してきた楓だが、これからは一緒に行動する晴海の身の安全を最優先にしなくてはいけない。これからどんなことが起ころうと、晴海の命を誰かに奪わせるわけにはいかない。

 

――絶対に、死なせない。

 

 そうなると、やはり信用できる人間を選別しなくてはいけないだろう。言い方は悪いが、誰もかれも信用するわけにはいかない。そして心のどこかでは、誰もが牙を向く可能性だって視野に入れておかなくてはいけないだろう。残酷だが、それが現実なのだ。

 

 まず信用できる人物。先ほどの大樹と広志。それから晴海の想い人である萩岡宗信(男子15番)、そして楓を助けてくれた藤村賢二(男子16番)。この四人は大丈夫だろう。普段の態度から考えても、乗りそうにないからだ(賢二に関しては一度乗っているので、ある種例外ともいえるが)。

 そして微妙な人物。おそらく乗ってはいないだろうが、もしかしたらと思う人物。つまりあまりよくは知らない人物、香山ゆかり(女子3番)間宮佳穂(女子14番)

 限りなく黒に近いグレー。乗っている可能性が高いであろう人物。神山彬(男子5番)窪永勇二(男子7番)宇津井弥生(女子2番)

 そして絶対に近づいてはならない人物。浩介を“正義”という名目で殺した文島歩(男子17番)

 

 ふぅと息を吐いた。こうして考えてみると、信用できそうな人物は、微妙な二人を含めても約半数強しかいないということになる。その中で信用できそうな人物に出会うということは、実はとても困難なことかもしれない。もしかしたら、その過程で命を落としたものもいるかもしれない。そう考えれば、左腕と右足にこそ怪我をしているが、友人にも会えて、今も生きている自分は、幸運ともいえるかもしれない。今でも時々傷は痛むけど。

 

「楓、大丈夫?」

 

 晴海に声をかけられる。どうやら、疲れていると思われたようだ(実際元気でもないけれど)。

 

「疲れているんでしょ?私起きてるからさ、寝てていいよ。」
「いいよ。晴海こそ疲れているでしょ?私が見張っているから寝なよ。」
「大丈夫だよ。私ほとんど動いていなかったし。」

 

 一体、何度こんなやり取りを続けてきたのだろうか。互いに相手を気づかいすぎるせいか、逆にお互いまったく休めていないのだ。そしてお互いどうして断るのかも分かっているせいか、それ以上何も言えないまま会話が終わってしまう。そして状況は何も変わらないままなのだ。

 

――もう一人いればなぁ…

 

 楓が他のクラスメイトに対してこれだけ慎重なのも、できれば仲間を作りたいという思いがあるからだ。せめてもう一人いれば、二人見張りをおけば交代で休むことができる。晴海が休むのを辞退するのも、楓に一人で見張ってもらうのが心苦しいというのもあるのだろう。実際、楓はそうだからだ。

 もちろん、大樹や広志のいるB-5、もしくはC-5にいけばそれは叶う。だからこそ、動けない今の状況がもどかしい。もう少ししたら移動するつもりではいるが、それまでずっとこの状況が続くのだろうか。

 

――どうするべきだろうか…。

 

 カタン

 

 考え事をしている楓を邪魔するかのように聞こえた物音。それは、二人からさほど離れていない入り口にある引き戸から聞こえてきた。ただし、入った際につっかい棒をしておいたので、安々とは開けられなかったようだが。

 

「楓…誰だろう…?」

 

 不安そうに晴海が問いかける。ここに尋ねてくる辺り、大樹や広志ではない。となると、信用できそうな人物である確率がグッと下がってしまう。候補は八人。信用できるのは多くて四人。五分五分といった状況だ。

 楓は素早く人差し指を口に当て、ゆっくりと物音の方へと近づく。つっかい棒の存在に気づいていれば、相手もここに人がいることは想定できるだろう。その際、どんな行動を起こすのか。

 

 アクションはこちらからは起こさない。じっと様子を窺うことにした。

 

「そこにいるのは誰?」

 

 その人物の声を聞いた途端、楓は心の中で舌打ちをする。視界の隅では、晴海がホッとしたような表情をしているのが分かった。

 その声の主は、信用できない人物の中である種一番厄介な人物だった。他の人物に関しては晴海を説得できるが、この人物に関してだけは、晴海と意見が割れる恐れがあるからだ。

 

「…宇津井さんね。一人なの?」
「その声は…矢島さん?うん、一人だけど…。ねぇやる気じゃないからさ、中に入れてくれないかな?」

 

 そう返事をした引き戸の向こうの相手―宇津井弥生。女子クラス委員で、姉御肌。きっと大半のクラスメイトが、信用できると思える人物。けれど楓には、どこか作り物のように思えるその態度。

 様子から察するに、弥生はすぐに攻撃することはないようだ。晴海の存在を知らせていない今の状況で、その態度に出る辺りは本当にやる気ではないのかもしれない。けれどもちろん、それは演技かもしれない。楓にはどちらなのかわからなかった。

 

――どうしようか?下手なことをしたら、晴海と口論になりかねない。それに、宇津井さんが仲間になれば…

 

 そう、弥生が仲間になれば、交代で晴海を休ませることができる。弥生が信用できない理由は、あくまで楓個人の勘に近いもの。ここは一端、様子を見るという手もありかもしれない。実際、本当にやる気でない可能性だってあるのだ。

 

――宇津井さんから注意を逸らさなければ、多分大丈夫なはず。

 

 そう結論づけた後、背後にいる晴海に小さく「しっ。」と言って、足を前へと進める。

 

「悪いけど、荷物は全て足元に置いてくれない?両手を頭の後ろで組んで。」

 

 てっきり反論されるかと思ったが、弥生は「うん、分かった。」と素直に従った。そして実際そうしているのか、ガサガサという物音がする。

 

 晴海の存在を知らせない状況で、引き戸を開けた時どんな行動に出るのか。扉を開けた時が勝負だろう。あらゆる可能性を考慮して、楓は晴海の前に立つ形になるように静かに移動した。

 引き戸の向こうの物音に注意しながら、首だけ後ろに向ける。少しだけ不思議そうな表情をしている晴海に向かって、ごく小さな声でこう言った。

 

「武器は打ち合わせ通りに。」

 

 遭遇した人物に武器を聞かれた場合、楓はワルサー、晴海はブローニングを元々支給された武器だと言うことになっている。そのため、大半の武器はそれぞれのデイバックの中に収まっている状態だ。これは、多くの武器を所持していることによって、下手に疑いをかけられないようにするためだった。今の状況では、それ以外の目的もあるのだが。

 

「できたけど…」

 

 ややあって、弥生の声が聞こえる。その声を聞いてから、楓は慎重につっかい棒を外した。そして、ゆっくりと引き戸に手をかける。緊張のせいか、じんわりと汗がにじんでいるようだ。無理もないだろう。扉を開けた瞬間、襲われる可能性だってあるのだから。

 ごくりと唾を飲みこみながら、ゆっくりと扉を開けた。太陽が昇っているせいか、視界が少し明るくなる。その太陽の光を遮るかのように、一人の人間が立っていた。

 

 そこには確かに宇津井弥生がいた。言われた通りに荷物を全て地面に置いており、両手を頭の後ろで組んでいた。楓を見た途端、そして楓の向こうに晴海がいることを認めた瞬間、弥生の表情がほころんだ。そう、傍目には、やる気であるようには見えなかった。

 

 けれどこのとき、楓の背筋がゾクリとした。何がそうさせたのかわからない。でも、楓の中の何かが、弥生を危険だと察した。

 

 それはきっと――気のせいではない。

 

「やっぱり一人じゃなかったんだね。あなた達なら、きっと一緒にいるだろうって思ったよ。」

 

 弥生がやる気でないことに安堵したのか、晴海がこちらに駆け寄ってくる。そんな駆け足の足音を聞きながら、あっさりとそう告げる弥生を見ながら、楓は秘かに覚悟した。

 

 いざとなれば、晴海を守るためにも――弥生を殺さなくてはいけない覚悟を。

 

[残り12人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system