生きるか死ぬか

 

――何…?何が起こっているの…?

 

 古山晴海(女子5番)は、目の前の光景が信じられなかった。クラス委員で、クラスみんなの姉御肌である宇津井弥生(女子2番)が、友人である矢島楓(女子17番)に銃を向けているのだ。何か悪い夢を見ているのではないかと、そう思いたかった。

 

「宇津井さん…。どうして楓に銃を向けているの?」

 

 思わず右手に持っていブローニングをギュッと握りしめる。乱れた呼吸を整えようとするが、上手くいかない。まるで全速力で五十メートル走った後であるかのように、小刻みに短い呼吸をしている。心臓が早鐘を打っているせいか、うるさいくらいに鼓動が早い。

 晴海が問いかけた途端、弥生は表情を崩した。みるみるうちに目には涙がたまり、首をぶんぶんと横に振る。言葉尻のはっきりしない話し方で、小さくこう言ったのだ。

 

「矢島さんがいきなり銃を私に向けて…。私…無我夢中で引き金を…。古山さん信じて!私は何もしていないの!」
「嘘つかないで!」

 

 考えるよりも先に言葉が出てきていた。これに反応するかのように、身体が動く。右手の銃を持ち上げ、弥生に銃口を向けた。

 

「楓はそんなことしない!何もしない人に、いきなり撃ったりなんかしない!何かしたんでしょ?!楓に何したの?!とにかく、今すぐその銃を下ろして!!」

 

 晴海がそう叫んだ後、すぐ弥生に変化が現れた。怯えた表情がスッと引き、代わりにニヤリと笑ったのだ。そして先ほどとはまったく違うトーンで、そしていつもとは違う小馬鹿にしたかのような口調で話し出した。

 

「やっぱダメか。あわよくば騙せると思ったんだけどなー。さすがあんた達、こんな状況でも信じ合っているんだ。偉い偉い。ま、プログラムではバカとしか言いようがないけどね。だって、一人しか生き残れないんだからさ。」

 

 いつもとはまったく違う声。まったく違う話し方。目の前にいるのは、本当に宇津井弥生なのだろうか。そんなことを思ってしまうほどに、弥生の態度は豹変していた。

 

「どうして…?」

 

 そんな弥生を見て、思わず疑問が口からこぼれ出た。その疑問に弥生は「どうしてかって?」と笑いながら言う。その笑いですら、まるで蔑むような響きがあった。

 

「これ、プ・ロ・グ・ラ・ム、だよ?一人だけ生き残れるってルール、聞いたでしょ?どうしてみんな分かってないのかなぁ。古山さんも、矢島さんも、あと乙原くんも甘いよね。ま、おかげでやっと銃が手に入ったんだけどさ。」

 

 信じられない言葉の数々。弥生はそれをスラスラと口にする、晴海にはとてもそうは思えないのに、目の前の弥生は、それを当然というかのようにあっさりと述べる。

 

 しかし、今の言葉には、引っかかるところがあった。

 

「乙原くんが…」
「ん?」
「乙原くんが甘いって…どういう意味?」

 

 話を聞く限りでは、弥生は貞治の遺体しか見ていないはず。なのに、どうして”甘い”などと言えるのだろうか。

 すると弥生は「あぁ」と納得したかのように小さく呟く。まるで、些細なことを思い出したかのようにな、そんな軽い調子に聞こえた。

 

「そっか。古山さんは知らないんだね。まぁそこの矢島さんにはバレているみたいだから、この際言っとこうかな。」

 

 そして次に弥生が告げたことは、晴海の予想をはるかに超えていた。

 

「実はね、乙原くんの遺体を見たっていうの。あれ、嘘なんだ。本当はね、私が乙原くんを殺したんだよ。カミソリで首をかっ切ってね。」

 

――え…?乙原くんを…殺した…?

 

「まったく、最後の最後まで私のこと、信じて疑わなかったみたい。面白いくらい騙されちゃって、傑作だったなぁ。」

 

 クスクス笑いながら、弥生はこう言ってのける。その内容も、その口調も、晴海には信じられなかった。

 

「誰かに見られているかもって思って、それで遺体を見たなんて嘘ついたけど、今となればそれが仇になったのかな。用意周到に服も着替えて、靴も脱いでから実行したのに、矢島さんには全部バレちゃった。」

 

――え?

 

「本当は、私のことを招き入れたくはなかっただろうね。でも、わざわざこうしたってことは、やっぱり古山さんが信じてくれたからかな。きっと喧嘩するのが嫌だったんだよ。何とも麗しい友情じゃない。ま、気持ち悪いったらありゃしないけど。」

 

 愕然としていた。楓は全てを知っていた。少なくとも、弥生が怪しいと踏んでいた。それなのに弥生を招きいれたのは、晴海が反論することを見越して、仲間割れという最悪の事態を想定して、それで仕方なくそうしたのだ。そして弥生が何かをする前に、何とか本性をあぶり出そうとしたのだ。もしかしたら、お互い遠慮して休めなかったから、晴海を休ませる目的もあったのかもしれない。

 

 楓が危険な目に遭っているのは、自分のせいーそんな事実が、晴海に追い打ちをかける。

 

「さて、長話しすぎたかな。」

 

 弥生はそう告げると、晴海に銃口を向ける。それは、先ほどまで楓が持っていたワルサーだった。

 

「今の銃声で、誰かが来るかもしれないね。まだ要注意人物である、横山くんや神山くんは残っていることだし。さっさと片づけちゃお。」

 

 弥生が一歩近づく。反射的に後ずさりした。じりじりと近づいてくる弥生から、同じように後ずさりすることで距離をとろうとする。真後ろに移動していたが、自然と右へ方向転換し、少しでも距離を稼ごうとする。階段を上がれば逃げ場がなくなる―そう思っていたせいか、反射的に階段を避けるかのように移動していた。

 

――なんで…なんで…?

 

「行き止まりだよ。」

 

 そう言われた瞬間、何かが背中に当たる。後ろを見なくても、それは壁だと分かった。

 

――嫌…嫌だよ…

 

 晴海から三メートル先で、弥生は足を止めた。それは、歪んだ笑みも、晴海を殺そうとする殺意も、はっきり分かるほどの距離だった。

 晴海も、持っているブローニングを弥生に向けている。けれど、引き金が引けない。力が入らないのだ。

 

――撃たなきゃ!撃たなきゃ、私が殺されてしまう!嫌だよ!まだ死にたくないよ!死ぬのは怖いよ!!

 

 晴海が撃てないと確信しているのか、弥生は余裕たっぷりといった様子でゆっくりと引き金に指をかける。恐怖と鼓動が、うるさいくらいに増していく。

 

「じゃあね。古山さん。」

 

 その一言で、何かがはじけた。全身全霊の力をこめて、引き金を引こうとした。

 

――嫌だ!死にたくない!

 

 その思いだけだった。最後に晴海を動かしたのは、“死への恐怖”。それだけだった。

 

 目をつぶり、その思いのままに引き金を引いた。その瞬間、重なりあう銃声が”三発”聞こえた。

 

 胸に衝撃を感じ、身体が後ろの壁へと押し付けられる。あまりに強い衝撃に、背中からジンジンとした痛みが伝わった。

 

――あぁ、私…死ぬんだ…。

 

 けれど、それだけだった。その痛み以外は、どこからも痛みを感じなかった。身体中を駆け巡る激痛も、血が流れ出る感覚も、まったく感じなかった。

 

――そっか…。私、防弾チョッキを着てたんだ…。

 

 そして何か起こっているのか把握しないといけない。そして弥生に反撃されないようにしないといけない。そのために目を開けた。けれど次の瞬間、予想だにしなかった光景が目に飛び込んでくる。あまりに悲惨な光景に、一瞬呼吸を忘れた。

 

 目を開けて弥生の顔を見た瞬間―絶句した。

 

 弥生の顔には、“二つ”の傷が出来ていた。一つは弥生の左の首筋。そこからは大量の血が飛び出している。それは周囲の壁をも真っ赤に染めようとするほどの勢いで、まるで花壇に水やりにするホースに負けない勢いで、絶え間なく流れ続けていた。

 そしてもう一つは頭部だった。その一部が大きく欠けてしまい、そこから何かドロドロしたようなものが流れ出ている。それは、弥生の整った顔を少しずつ汚していった。その弥生の表情も、目が完全に見開かれており、その焦点はどこか遠くを見ているかのようだった。おそらく―もう晴海のことも見えていないのだろう。

 弥生がそのまま、ゆっくりと前へと倒れこんでくる。反射的に左に避ける。止めるものがないままに、弥生がうつ伏せに倒れる。バタンという大きな音がし―それからはピクリとも動かなかった。

 

――死…死んじゃったの…?あ、あたしが…殺したの…?

 

 あまりの悲惨な現実に、目の前がグラグラする。殺した。人を、殺した。殺したくなかったのに、殺してしまった。クラスメイトの命を奪った。我が身可愛さに、人の命を―

 

「は、晴海…。」

 

 混乱する晴海に、誰かの声がかかる。それは、ひどく弱々しいものだった。

 

――そうだ…。楓…!

 

 そこでようやく楓の無事を確認していないことに気づく。慌てて周囲を見渡す。すぐに見つかった。

 

 楓は、晴海から十メートルほど先、引き戸のある玄関のすぐ近くにいた。仰向けに近い状態に倒れており、その手には別の銃―コルトガバメントが握られており、銃口からはゆらゆらと煙が出ていた。そのすぐ近くには、ほとんどの武器を入れていたデイバックがあった。

 

 そこでようやく理解した。晴海が弥生を撃つのとほぼ同時に、楓も弥生に向けて引き金を引いたのだと。

 

女子2番 宇津井弥生 死亡

[残り11人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system